研究課題
選択的な酸素四電子還元反応を触媒するマルチ銅酵素の銅三核活性中心を規範として合理的に分子設計した新規な銅三核化配位子(Terpy-BPEN2)より銅一価錯体を合成し、酸素との反応性を検討した。-30°Cにおいて銅一価錯体の酸素化反応を行い、吸収スペクトルにて反応過程を解析する中で、新規な反応中間体が生成することを見いだした。この反応中間体について、共鳴ラマン分光法による解析を行ったところ(経時的に生成して分解する反応中間体を液体窒素温度で凍結し捕捉した上で)、銅-酸素(Cu-O)結合、酸素(O-O)結合の伸縮振動と同定できるラマンバンドの観測に成功した。その結果、酸素分子が多核銅中心に結合し、スーパーオキシに還元されていることを明らかにした。さらに、X線吸分光法により、反応中間体の分子構造と電子状態について解析し、多核銅中心の原子価には1価と2価が含まれていることを明らかにした。本実験からも、多核銅中心に結合した酸素は一電子還元を受けた状態で、スーパーオキシとして結合していることを示唆する結果が得られた。上記の酸素活性化の反応性に関する研究から、銅-スーパーオキシ種のさらなる還元段階が熱力学的な律速段階であることが示されたが、この結果は、電気化学的触媒反応の解析結果とも一致する。触媒分子を導電性炭素材料に吸着させた触媒インクを調製し電極表面に塗布、乾燥させ電気化学的な解析(CVとRRDE電極による酸素還元反応解析)を行った。その反応のpH依存性、およびTafelプロットによる解析からも、銅-スーパーオキシの還元段階が電気化学的触媒反応の律速段階であることが示唆された。本研究成果は、多核銅の協同的な作用で酸素活性化反応が示された希有な例であり、今後の効率的な分子触媒設計に重要な知見を与えた。
2: おおむね順調に進展している
マルチ銅酵素を規範として多核銅活性中心を構築すべく、新規な多核化配位子の合成に成功した。また、その銅1価錯体と酸素分子との反応機構の解明に寄与すべく、反応中間体の捕捉と詳細な分光学的解析に成功した。年度初頭には、以下の課題を主たる目標として掲げた。(1)シンクロトロン放射光を利用したX線吸収分光による多核銅中心の配位構造と電子状態の解析と、熱的に不安定な反応中間体の分析に必要なクライオセル系の開発(2)配位子骨格(ピリジル部位)の改変による、多核銅錯体の反応性の向上(四電子酸素還元反応への選択性と反応に必要な過電圧の低減)(1)については、九州大学シンクロトロン光利用研究センターのビームタイムを獲得し、また、熱的に不安定な反応中間体の測定のために、液体窒素で試料を冷却して測定するクライオセルの開発を共同で行い、測定を行った。実際に試料の分解を生じること無く、反応中間体のスペクトル観測に成功し、分子構造の考察に役立てたことから、目標を達成したと考える。(2)については、ピリジル骨格に水酸基を導入した配位子の合成に取り組んだ。目的物合成の最終段階反応に必要な原料の合成スキームを確立した。最終段階の反応の最適化を行うには到らなかったが、最終目的生成物はほぼ問題なく合成できると考えることから、目標は概ね達成したと考える。以上の成果から、目標は80%達成できたと考えている。
今年度には、多核銅中心の協同的作用による酸素活性化、およびその反応機構の解明に重要な反応中間体の分子構造の分光学的研究に成功したことから、来年度はさらに研究の深化をはかり、高効率な分子触媒の分子設計と合成を目指す。具体的に、現状のTerpy-BPEA2配位子の酸素還元選択性は、3.6と理論値4より劣っている。この原因は、プロトンの効率的な伝達が行われていないためと考えられることから、プロトンメディエーターを導入した配位子の合成を目指す。このような、置換基の導入は、水素結合を介して反応中間体の分子構造の安定化に寄与し、過電圧の抑制に働くものと期待される。配位子分子の改変と電気化学的触媒反応性、および分光学的な研究による反応中間体の分子構造解析を系統的に行う事で、分子構造-電子状態-反応性の相関の解明を目指す。
研究の進行上、困難な有機合成反応があり、最終目的生成物の合成に時間を要した。このため、予定していた一部の分光学的解析、および電気化学的測定を行う事ができず、それらに要する経費が未使用になった。昨年度遂行できなかった分光学的解析および電気化学的解析を行うのに必要な消耗品の購入にあてる。
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