研究概要 |
研究目的のうち、平成24年度の最重要課題はAg(I)イオン存在下でのプライマー伸長反応の検討であり、小野らによるシトシン-シトシン (C-C)ミスマッチ塩基対がAg(I)イオンにより安定化されるという報告に基づくものある。一本鎖領域にCを含む鋳型鎖を用いてAg(I)イオン存在下でのプライマー伸長反応を検討したところ、dCTPではなくdATPが取り込まれることが判明した。この反応はDNAポリメラーゼとしてKlenow fragment以外のTaq polymeraseやKOD dash polymeraseでも進行する一般性を持つ反応であることを見出した。このように、Ag(I)イオン存在下でのDNAポリメラーゼによる伸長反応では、熱力学的に安定とされるC-Ag(I)-C錯体型塩基対ではなく、C-Ag(I)-A錯体型塩基対が形成されることが明らかになった(Angew. Chem. Int. Ed., 2012, 51, 6464.) また、このAg(I)イオン存在下での反応の検討の際に鋳型鎖のCに対してdATPだけでなくdTTPも取り込まれるケースがあることが明らかになってきた。このdTTPの取り込みはdATPの取り込みほど普遍的に起こる反応ではなく、取り込み部位の数塩基上流の塩基配列に依存する反応であることから、3種類(C-Ag(I)-C, C-Ag(I)-A, C-Ag(I)-T)の銀錯体型塩基対の熱力学的安定性を評価した。これらの塩基対を含むDNAオリゴマーの二重鎖形成の自由エネルギー変化からこれらの安定性はC-Ag(I)-C > C-Ag(I)-A ≈ C-Ag(I)-Tであることが明らかになり、必ずしも金属錯体型塩基対の熱力学的安定性が、金属錯体型塩基対形成を介するプライマー伸長反応の基盤となっているのではないことを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
当初計画で、平成25年度の研究実施計画としてC-Ag(I)-A塩基対のgeometryの決定を掲げた。その方法論としては、8位をブロム化した8-Br-dATPや8-Br-アデニンを含むオリゴヌクレオチドを用いたプライマー伸長反応や二重鎖DNAの熱安定性評価を考えていた。しかし、その予備的な検討結果から、8位のブロム化によるグリコシド結合のanti型からsyn型への配座変化以外にも、大きな原子半径を持つ臭素原子の立体的影響が金属イオンの核酸塩基への配位やDNAポリメラーゼの基質認識にも表れることが考えられた。そこで方法論を変更し、15Nおよび13C標識したデオキシアデノシンを含むオリゴヌクレオチド二重鎖を合成し、多核NMRによりAg(I)イオンの配位部位を直接観測することでC-Ag(I)-A塩基対のgeometryを明らかにしようというものである。 15N,13C標識したデオキシアデノシンを部位特異的に含むオリゴヌクレオチドの合成は15N,13C標識したdATPを用いて酵素的に合成する方法が考案されている。この方法は、15N,13C標識したデオキシアデノシンをアミダイトユニットに変換後、オリゴヌクレオチドを化学合成する方法よりも高価な15N,13C標識核酸の使用量を抑えることができるため、コスト的に比較的有利な方法である。 金属イオン存在下でのプライマー伸長反応の速度論的解析も引き続き検討を行っていくとともに、既知の水銀イオンや銀イオンにより安定化されるミスマッチ塩基対以外に、特定のミスマッチ塩基対の安定化によってプライマー伸長反応を引き起こす金属イオンの探索も引き続き行っていく。
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