研究課題
ヒドロキシメチルビラン合成酵素(HMBS)はヘム生合成に関わる酵素であり,4分子のポルホビリノーゲン(PBG)を順次連結して鎖状テトラピロールのヒドロキシメチルビラン(HMB)を合成する。今年度は,HMBSによるこの縮合過程のメカニズムについて,構造生物学的手法による解明を目指した。大腸菌で大量発現させたHMBSは,多段階のカラムクロマトグラフィー精製の後,陰イオン交換カラム(mono Q)によってPBGの結合数に応じた複数の画分として分取した。基質を結合していないホロ型HMBSの画分について,そのまま,または基質類似体Xを添加してから4℃または20℃で結晶化した。大型放射光施設SPring-8のビームラインBL44XUを用いて構造解析をしたところ,ホロ型HMBSでは,既報でディスオーダーしていた部分の主鎖の構造を決定できた。また,ホロ型HMBSに基質類似体Xを加えてから調製した結晶や,Xを含む抗凍結剤にソーキングしたホロ型HMBSの結晶に関しては,あまり明確ではないもののそれぞれ補因子周辺に新たな電子密度を認めた。特に,還元剤のDTTを沈殿剤や抗凍結剤に含有させると,結晶化やソーキングの途中での結晶の着色を防ぐことができ,良好な回折像が得られた。これは,DTTがジピロメタン補因子の酸化を抑え,活性部位の構造変化を抑制したためと考えられる。さらに,基質類似体XがHMBSに対する阻害剤として作用することを,HMBより生成するウロポルフィリンの量の減少から確認し,反応速度論解析によって阻害のパラメータを決定した。今後,ES1型に対応するこの阻害剤X結合型HMBSの立体構造を明確にするとともに,PBGが複数連結したES2~ES4型に対応するHMBS-基質(類似体)複合体の立体構造を解明して,HMBSに対するPBGの結合機構について詳細を明らかにする予定である。
2: おおむね順調に進展している
育児休業を取得していた研究分担者が年度後半に復帰したこともあり,研究はおおむね順調に進展している。HMBS試料の調製と結晶化は再現性よくできるようになってきており,X線結晶構造解析に耐えうる単結晶を恒常的に得ることが可能になった。基質類似体を阻害剤として用いることで,HMBS-基質(類似体)複合体の立体構造を解明するための環境は整ってきている。
これまでに結晶構造解析に適当なHMBSの単結晶を安定的に調製することが可能になってきており,次年度はHMBSの酵素-基質(類似体)複合体の結晶構造解析を継続するともに,ウロポルフィリノーゲンIII合成酵素(UROS)の酵素-基質類似体複合体の結晶構造解析や反応速度論解析,HMBS-UROS間の相互作用解析などの実施を予定している。HMBSの構造解析に関しては,ES1型に対応する基質類似体結合型だけでなく,ピロールが複数連結したES2~ES4型に対応する複合体の立体構造についてもそれぞれ解析する。そして,HMBSの基質結合部位の構造を明らかにし,4分子のPBGが活性部位に結合していく過程を考察する。一方,ヘム生合成経路においてHMBSの次に働くUROSについては,基質ヒドロキシメチルビラン(HMB)の類似体を調製し,HMB類似体結合型UROSの結晶化と構造解析を進める。そして,得られる立体構造から基質結合に関わるアミノ酸残基を同定し,またHMBの環状化に必要なH+供与体となりうる残基を予測して,UROSがD環ピロールの反転したウロポルフィリノーゲンIIIを合成する過程について検討する。そして,基質との相互作用が想定される残基に関する変異体を作成し,反応速度論解析によりこれらの残基が基質結合や触媒活性に果す役割を明らかにする。さらに,HMBSとUROSが複合体を形成することでウロポルフィリノーゲンIII合成を促進している可能性を検証するため,表面プラズモン共鳴法を用いた測定によって両酵素間の相互作用を検討する。これらの実験を通じ,ヘム生合成経路のHMBSとUROSによって,4分子のPBGからHMBを経て1分子のウロポルフィリノーゲンIIIが合成される過程の反応機構を考察する。
当該年度後半に発注した物品の納入が遅れ,大学内の支払伝票の締切日に間に合わなかったため,「次年度使用額」が発生した。「次年度使用額」欄のほぼ全額については,当該年度中に納品が完了し,支出が確定している。
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