研究課題/領域番号 |
24560045
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
井上 恭 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (10393787)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 量子鍵配送 |
研究概要 |
代表者研究者考案による差動位相シフト量子鍵配送(DPS-QKD)方式に関連する研究を中心に進めている。H24年度は主に、DPS-QKDに対する盗聴で用いられるUnambiguous State Discrimination(USD:誤りのない状態識別)に関する検討、QKD/古典信号多重伝送システムに関する検討、強度変調/直接検波によるQKD方式の提案と性能評価、を行った。 (1)DPS-QKDに対しては、USDを用いた連続クリック攻撃が最も強敵であることが知られている。そこでは従来、被測定状態であるコヒーレント光の絶対位相は既知とされていたが、実際のシステムでは位相揺らぎのある光源が用いられるため、この前提は成り立たない。そこで、位相が揺らいでいる信号光に対するUSDについて検討し、従来の想定より識別能力が低いことを明らかにした。 (2)従来のQKDでは単一光子または微弱コヒーレント光が送受信され、その受信系が実装上の制限要因となっている。そこで、通常の光通信で用いられている強度変調/直接検波と同一の送受信装置を用いてQKD機能を実現する方式を提案し、シミュレーションにより数10km程度のQKD伝送が可能であることを示した。 (3)QKDでは、量子チャンネルとともに鍵生成処理のための古典チャンネルが使用される。通常、両者は異なる経路で伝送されるが、これを同一伝送路上で多重できればシステムの利便性が向上する。そこで、両チャンネルを同一波長で時間多重伝送または偏波多重伝送するシステムについて検討した。その結果、時刻同期信号を送ることは可能であるが、各種情報を双方向伝送するにはレーリー散乱が障害となることを示した。 (4)その他、強度変調DPS-QKDについて、特定の条件下でのシステム性能を評価した。また、APD光子検出器を実装し、広ゲート電圧印加時の出力特性を観測した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画では、H24年度は、(i)連続クリック攻撃対策としての低速位相変調DPS-QKD、(ii)盗聴検知能力を高める強度変調DPS-QKD、(iii) 広ゲート幅電圧印加APD単一光子検出器、について研究する予定であった。 前記実績(1)は計画項目(i)に関わる。計画では故意に位相変調するシステムを検討する予定であったが、位相揺らぎのあるコヒーレント光を用いることは位相変調と等価であることに気付き、その場合のシステム性能評価へと研究内容を変更した。その結果、従来の想定よりもUSDによる連続クリック攻撃の効果が小さくなる見通しを得た。ことさら位相変調することなく同等の効果が得られることになり、実効的に項目(i)を行ったと言える。 計画項目(ii)については、特定の盗聴法に対する性能評価は行ったものの、まとまった結果を得るには至らなかった。計画項目(iii)については、APD光子検出器を実装し、それに広ゲート電圧を印加して光子検出信号を観測するところまでを行った。これは当初の予定通りである。 上記に加え、前記実績(2)(3)の研究を行った。実績(2)は、H25年度以降の計画に挙げていた「巨視的DPS-QKD」に関わる。本項目の目的は、従来型光通信の装置構成によるQKD機能の実現であり、強度変調/直接検波方式によるQKDの見通しを得たことは、本項目の一部を前倒しで行ったことに相当する。実績(3)は、当初計画には挙げていなかった項目である。QKDシステムの実装に向けて有用と判断して、研究を行った。得られた結果は必ずしもポジティブなものではなかったが、実用化に向けた一検討としての意味付けはあったと考えている。 以上、計画通りの項目、中途までの項目、計画外の項目、があり、総じて順当な進捗状況と言える。
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今後の研究の推進方策 |
(1)有限線幅の光源を用いたDPS-QKDに対する連続クリック攻撃:H24年度実績(1)を受け、線幅が有限のコヒーレント光源を用いたDPS-QKDに対する連続クリック攻撃の定量的評価を行う。連続クリック攻撃で用いられるUSDの識別性能が、従来の想定よりも低い(識別誤りの発生、識別確率の低下)ため、盗聴能力が低下し、その結果、DPS-QKDのシステム性能向上が期待される。 (2)量子/古典チャンネル多重伝送:実績(3)で述べたように、量子/古典チャンネルを同一波長で多重伝送するシステムでは、レイリー散乱が性能劣化要因となる。これを回避するため、波長をわずかに違えた量子/古典チャンネル多重伝送システムについて検討する。このようにすると、レイリー散乱の影響は受けず、また波長多重時のラマン散乱の影響が小さいことが期待される。まず、古典チャンネル光波長近傍の自然ラマン散乱発生効率を測定し、その結果に基づいてシステム性能を評価する。 (3)強度変調DPS-QKD:DPS信号パルス列を10-20パルスごとにフレーム化し、各フレームの光強度をランダムに変調するDPS-QKDプロトコルについて、引き続き検討を進める。 (4)APD光子検出回路:ゲート動作APD光子検出器の検討をさらに進める。ゲート動作APDでは、光子未検出時に出力される微分電圧信号が光子検出の障害となる。外部回路構成により、この影響を受けずに光子検出する手法について検討する。 (5)デコイDPS-QKD:強度の大きいデコイパルスをランダムに挿入することにより盗聴能力を低下させるDPS-QKDプロトコルについて検討する。
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次年度の研究費の使用計画 |
方策(2)で述べたように、量子/古典チャンネル多重伝送システム評価に基するため、古典チャンネル光波長近傍に発生する自然ラマン散乱効率を測定する予定である。この測定のために、光フィルターなどの各種光部品を購入する。また、方策(4)で述べたAPD光子検出器に関する実験を行うための各種電気部品を購入する。さらに、上記では述べなかったが、余裕があれば位相感応増幅器の自然放出光を使った乱数発生法の実験を行うことも考えている。この実験に関わる各種光部品を購入する。 その他、学会参加のための諸費用、論文投稿のための諸費用に供する。
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