本研究では、高エネルギーイオンビームの軌跡に沿って形成される円柱状の潜在飛跡を金属イオンの還元場に利用することで金属ナノ細線を作製し、固体高分子形燃料電池に応用可能な電極触媒を開発する。このうち今年度は、昨年度までに得られている銅(Cu)イオンの還元、Cu金属の固定化のための条件をもとにして、白金(Pt)金属ナノ構造の形成を試み、その化学状態などを解析することによって、酸素還元触媒の作製と電気化学特性の評価を進めた。具体的には、以下のとおりである。 まず、ポリビニルアルコール(PVA)の濃厚水溶液にγ線を照射することで、高分子マトリックスとなる架橋ゲルを作製した。次に、得られたPVA架橋ゲルを0.1 mol/Lヘキサクロリド白金(IV)酸(H2[PtCl6])水溶液に室温で6時間以上浸漬し、Pt4+イオンを吸収させた。ここで、還元剤として体積濃度20%のイソプロピルアルコールを添加した。最後に、高真空チャンバーから大気中に取り出した520 MeV 40Ar14+均一ビームを、1 cm2辺り10の10乗から11乗のフルエンス、Ar雰囲気の下で照射した。マトリックスからPt脱離が起こらないよう、照射後すぐにPVA架橋ゲルの減圧乾燥を行った。 照射後の試料はPt4+イオンの黄色から黒色に変化したことから、40Arビームの潜在飛跡内で誘起された還元反応によって、Pt金属が析出していることが示唆された。Pt4f X線光電子分光スペクトルでは、結合エネルギー71.0 eV付近がピークに観測され、Pt金属ナノ構造の固定化を初めて確認できた。この試料を用いて、酸化還元の開始電位、反応過電圧や有効活性面積、電荷移動速度など、触媒性能を示唆する電気化学特性を試みた。
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