生物が作る構造は基本的には動的なもので、ある意味では一過性のものである。細胞が動きながら分裂を繰り返すことで、生物体全体としての構造が作られる過程は、創発と考えることができる。本研究で対象としたのは、シアノバクテリアの一種<i>Phormidium</i> sp. KS株である。この株を含むOscillatoriaの仲間は、円盤状の細胞が多数積み重なったフィラメント状構造を持ち、前後に規則的な運動を行っている。寒天培地上で培養すると、やがて渦巻き構造を生ずる。これを超細胞構造と考え、生物構造の創発の単純なモデル系として解析した。 この株の運動の仕組みを知るため、電子顕微鏡観察を行ったところ、細胞隔壁の両側に小さな穴が多数一列に並んでいることがわかった。さらに細胞体本体とそれを包むシースの間の間隙が、細胞隔壁のところで拡がっていることも確認された。これらの結果は、すでに近縁の<i>Phormidium</i>で知られているslime gun model(粘液銃モデル)による運動機構を示唆している。次に前後往復運動のタイムラプス観察を行い、方向転換直後の速度が最も速く、その後の速度が指数関数的に減少することがわかった。この結果も、粘液銃モデルで説明できると考えられた。また、前後運動の際に、細胞体が回転していることもわかった。次にゲノム解析を行い、すでに<i>Nostoc punctiforme</i>で知られている粘液産生に関わるhps遺伝子群とシグナル伝達に関わるhmp遺伝子群のすべてがそろっていることを確認した。 渦巻き形成が1.1%以上の寒天でしか起こらないことから、細胞と寒天との相互作用に依存していることを考慮して、細胞の運動に基づく渦巻き形成モデルを提案した。
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