研究課題/領域番号 |
24570084
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研究機関 | 総合研究大学院大学 |
研究代表者 |
木下 充代 総合研究大学院大学, 先導科学研究科, 講師 (80381664)
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キーワード | 神経行動学 / 視覚 / 嗅覚 / 雌雄差 / 感覚統合 |
研究概要 |
本研究は、アゲハチョウの求蜜行動において視覚と嗅覚という異なる感覚が統合される神経基盤を明らかにすることを最終目標とし、3年間で神経行動学的に研究するための素地作りを行っている。初年度には、青にある生得的色嗜好性が、ミカンの樹木や花の匂いによって赤や黄色に変化すること、この匂いの影響に雌雄差があること、この雌雄差は触角受容と関係があることを明らかにした。平成25年度は、前年度に引き続き生得的色嗜好性における匂いの影響を行動実験によって調べ、つづいて神経基盤の研究に移行するための予備的実験を行った。 まず、生得的色嗜好性における匂いの影響を柑橘類以外の植物で調べた。求蜜未経験のアゲハが青・緑・黄・赤の色円板から最初に訪問する色を観察すると、ユリの花の匂いがあるとき赤を選ぶメスの個体数が増えたのに対し、ラベンダーでは匂いの影響が見られなかった。さらに、ミカンの花に含まれる主要4成分と10成分を混合した人工香のうち、10成分を含む人工香があるとき黄色を選ぶメスが増えた。以上は、特定の花の匂いが色嗜好性に影響すること、その匂い成分のうち比較的微量な成分が色嗜好性に影響することを示している。いずれの場合も、オスの生得的色嗜好性への匂いの影響はメスに比べて小さいようである。 次に、行動実験で観察された現象の神経基盤を調べる第一段階として、特に雌雄差の有無に注目して、網膜の構成と感度、触角および第一次触覚中枢(触角葉)の構成を神経組織学実験によって調べた。その結果、網膜ある3種類の個眼タイプの分布様式に明確な雌雄差はなかったが、メス触角葉を観察したところオスに比べて非常に発達した性特異的な3糸球体を発見した。この触角葉の雌雄差は、視覚と嗅覚の感覚統合における神経生理学的研究を進める指標になる具体的対象を神経系に見つけたことになる非常に大きな発見である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
視覚と嗅覚の感覚統合の神経基盤を神経行動学的に明らかにする研究素地を作ることを目的に、昨年度は行動実験によって現象を把握した。今年度は、昨年度に継続して行った行動実験によりさらに神経系の働きを予測すること、また生理実験に移行するため感覚系の関与を調べる予備実験を開始し十分な結果を得て、来年度に向けて明確な神経生理学的研究の方向性が決まったことが最も大きな進展である。 今年度私は、① 好きな色に影響する匂い物質が、植物の匂いに含まれる微量成分であること、嗅覚系特に触角葉にメス特異的に発達した3糸球体があることを見いだした。この二つから、メスの性特異的3糸球体は、植物の匂いに含まれる微量物質をオスより効率よく受容している可能性が高く、これが中枢で視覚情報と統合されるという仮説を立てた。一方、この系はオスでは非常に貧弱だろうことが予測できる。以上、今後の具体的研究方針に重要な仮説に短期間で到達できたことは予想外の成果と言える。また、触角葉の性的二型はこれまでチョウ類の触角葉には明瞭な雌雄差はないという常識を覆すものである。さらに、メスが特定の植物由来の匂いにより鋭敏である可能性が高いことは植物と昆虫の共進化を考える上でも大変興味深い成果である。
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今後の研究の推進方策 |
予備実験の結果から立てた「メス触角葉にある性特異的3糸球体は、植物の匂いに含まれる微量物質をオスより効率よく受容している可能性が高く、これが中枢で視覚情報と統合される」という仮説の検証に向けて、触覚および触角葉の構成をより詳細に調べる。さらに、高次中枢において性特異的糸球体に対応する構造を神経組織学的に探索する。一方で、触覚の感度測定等より神経系の機能を明らかにする実験系の立ち上げを試みる。 また最終年度であることから、生得的色嗜好性が植物由来の匂いによって変化するという行動学的研究と触角葉の性的二型について学術論文にまとめる予定である
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次年度の研究費の使用計画 |
消耗品支出分を他研究費である程度補填できたことと、研究のサポートとして博士研究員を次年度に雇用する必用が出たため。 実験的研究のため、博士研究員を2ヶ月間雇用する。
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