研究課題/領域番号 |
24570122
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
海野 昌喜 茨城大学, 学内共同利用施設等, 准教授 (10359549)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 中性子結晶解析 / 回折 / ビリン還元酵素 / 光合成 / 光応答 / 還元 / プロトネーション / 水素 |
研究概要 |
生物は光をエネルギー源や環境情報として利用している。これらを担う光受容タンパク質に用いられている色素群phytobilinは、ヘム分解によって生じたビリベルジン(BV)がフェレドキシン依存性ビリン還元酵素(FDBR)に還元されて合成される。シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803由来の酵素PcyAは、BVの二か所に部位特異的に、しかも一定の順序で2電子供与・2水素添加し、phytobilinの一つフィコシアノビリンを合成する。この特殊な還元反応の機構を「水素原子レベル」で解明するため、基質であるBVを結合したPcyAの中性子結晶構造解析を行うのがこの研究の目的である。BVの周辺には結合長の短い水素結合等が見られ、結合したBVのラクタム(-HN-C=O)構造がラクチム(-N=C-OH)構造になっていることや、ピロール環がすぐにプロトン化を受ける、という示唆もあるが、X線結晶構造解析では明らかにできておらず、中性子に期待がかかっている。 本年度は、暗所でPcyA-BV複合体結晶の大型化に成功し、その中性子回折実験を行うにいたった。J-PARCにあるBL03, iBIXを用いて、約10時間露光で、おおよそ2.0Åの回折像を得た。この実績から、連続測定を行う権利を得た。現在、鋭意、測定中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度は、今までに得た結晶化条件を精密化し、大容量化することにより、中性子回折実験に供するのに適した大型の結晶を得ることに成功した。当初の予定通りだと言える。 大型結晶を得る他の試みとして、PcyA分子表面に露出しているシステイン(Cys)の変異を考えている。一つだけ存在する分子表面Cysをセリン(Ser)などに変異することで、分子間ジスルフィド結合形成によって生じる、非特異の二量体の形成を避ける予定であった。これも試みたが、大型化につながる結果は得られなかった。野生型酵素で大型化を達成できたので、この変異実験による結晶の改良はなされなくても問題ないということになる。 また、高品質の結晶を得るための宇宙実験は平成23年度から始めている。予備的な実験で、ひょうたん型の結晶化容器では細かい結晶が多数できて、大型結晶が得られないことが解ったため、キャピラリーを太くしたようなチューブ型の容器を使ったカウンターディフュージョン法を試みる。宇宙実験は継続的に行っていく計画も、当初の予定通り、しっかり行うことができた。平成25年3月にソユーズ打ち上げが成功し、現在、PcyA-BV試料は、宇宙での結晶化実験を行っている最中である。 中性子回折実験は、日本原子力研究開発機構(原子力機構)の研究用原子炉JRR-3に設置された回折計BIX-3, BIX-4および大強度陽子加速器施設J-PARCのiBIXを使用する、という計画であったが、原子炉は停止中であり、結果的にJ-PARCのiBIXを使った実験を行うことができた。現在、回折強度データ収集を行っている最中である。
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今後の研究の推進方策 |
PcyAの反応機構については、主に生化学・分光学的な手法を用いて研究されてきた。それらの中に、酵素に結合したBVのラクタム(-HN-C=O)構造がラクチム(-N=C-OH)構造になっており、それが反応性とも関与するという示唆や、BVが酵素に結合するとピロール環がすぐにプロトン化を受けBVH+になっているという報告もある。しかし、それらの水素化状態・水素化部位はX線結晶構造解析では明らかにできなかった。 本酵素の触媒機構の理解には、水素原子を含む相互作用と水素移動を捉えることが必須である。特に、PcyAの場合、活性に関連する二つのアミノ酸Glu76とAsp105が二重のコンフォメーションを取っており、X線解析で水素を見るのは、相当に難しいと考えている。 そこで、申請者は、PcyA-BV複合体およびPcyA-18EtBV複合体の中性子結晶構造解析を行うことを本研究課題の柱とし、それに併せて、0.9Å分解能を超えるような超高分解能X線結晶解析を行い、世界に先駆けて、水素原子の確かな構造情報を得ようと考えた。 現在、PcyA-BVについては中性子回折強度データを収集中である。この結晶からX線回折データも得る。ただし、常温という条件があるので、結晶のダメージを考えると、強力なX線は照射することが難しく、超高分解能のデータは期待できない。 超高分解能のX線回折データは、宇宙で結晶化している結晶など、別の結晶を液体窒素温度に凍結したものから収集したいと考えている。 中性子回折データと併せ、より精密な構造解析を行っていく計画である。
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次年度の研究費の使用計画 |
PcyA-18EtBV複合体の結晶作成に取り掛かる。18EtBVは、BVがフィコシアノビリンに変換する途中で現れる反応中間体である。18EtBVは市販されておらず、合成も容易ではない(薬品メーカーに合成の見積もりを依頼したところ、量に関係なく1000万円以上だということである)。PcyA-BV複合体の結晶化のように大量の試料を使うことができず、条件検討が難しい。失敗の経験や細かなコツを習得してから効率よく実験を行うように、PcyA-BVで中性子構造解析が成功する道筋ができてから、PcyA-18EtBV複合体の結晶化に取りかかる。必要最低限量の18EtBVは、近年精力的にPcyAを研究している連携研究者の福山・和田両博士から調達可能であるが、合成を自ら行うことも考えている。そのための出張旅費や必要機器を購入する予定である。 大型結晶の作成はPcyA-BVの時と同様の方法で行っていく。18EtBVの量が限られるが、より少量の試料で条件を大まかに決め、容量を増やして良質・大型結晶を得る。質の良い大型結晶ができれば、JRR-3およびJ-PARCでの中性子結晶回折実験とSPring-8での超高分解能X線回折実験を行って、構造解析する。中性子回折実験には、結晶の重水素化が必要である。そのため、重水、重水素試薬を購入する。 得られた構造から、水素原子の位置を同定し、PcyA-BVの構造とPcyA-18EtBVの構造を詳細に比較し、プロトン供給経路や周辺残基の役割を解明する。
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