我々は前年度までの研究において、大腸がんにおいて脂質代謝酵素DGKGの発現が有意に抑制されていること、そしてこの抑制がDGKG遺伝子のDNAメチル化によるものであることを明らかにした。DGKGの発現抑制と大腸がん細胞のフェノタイプに関連があるかどうかを調べるために、DGKG発現が抑制されている大腸がん由来細胞株HCT116およびDLD1細胞にDGKGを過剰発現させて、細胞のフェノタイプが変化するかどうかを調べた。遺伝子導入はアデノウイルスを利用し、細胞増殖(MTT法)、細胞遊走(Boyden Chamber法)、細胞浸潤(マトリゲルBoyden Chamber法)について検討した。野生型DGKGの過剰発現では大きな変化は見られなかったが、酵素活性欠失ミュータント(DGKG-KD)の過剰発現により増殖・遊走・浸潤がやや抑制された。さらに常時活性化型ミュータント(DGKG-CA)の過剰発現によっても増殖・遊走・浸潤が抑制された。特に遊走・浸潤の抑制はかなり強く現れていた。DGKGはアクチン再構成系のシグナリング経路に関与する可能性が示唆されているので、我々は次にDGKGを過剰発現したDLD1細胞を用いてRacプルダウンアッセイを行い、Racの活性化状態を検討した。定常状態の細胞ではDGKGの発現による活性化Rac量に違いは見られなかったが、飢餓状態細胞へのEGF刺激(5分後)を与えた状態で観察したところ、DGKG-CAミュータントで活性化Rac量が減少していた。異常の結果より、DGKGの発現が抑制された大腸がん細胞では、高レベルのRac活性化に伴う細胞の遊走能・浸潤能増大が起きている可能性が示唆された。
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