研究課題
糖鎖認識抗体は細胞表面糖鎖の変化を鋭敏に察知するプローブであり、ヒトiPS/ES細胞のマーカー抗体としても広く利用されている。しかしながら、これら既存の抗体のほとんどがEC細胞(embryonal carcinoma cell、胎児性がん細胞)を免疫原として得られたものであり、iPS /ES細胞に特異的な成分を認識するものではない。申請者らは、これまでの研究によりヒトiPS細胞を免疫原としてマウスを免疫し、iPS/ES細胞に特異的な2種の単クローン抗体(R-10GおよびR-17F)の作成に成功している。iPS細胞表面のR-10Gエピトープは低硫酸化ケラタン硫酸(硫酸化ポリラクトサミン骨格を持つ)であり、このエピトープはポドカリキシンというI型膜タンパク質上に発現することを明らかにしている。その後の研究により、R-10Gエピトープは、意外にも、ヒトiPS/ES細胞以外にヒト成体の脳組織に発現していることが判明した。従来の市販の硫酸化ケラタン硫酸を認識する抗体で脳を染色すると、一部の特徴的な部位が染色されるため、ケラタン硫酸は脳のごく限られた領域に存在すると考えられていたが、R-10Gはかなり広範に脳組織を染色するため、R-10Gを用いた、脳におけるケラタン硫酸の役割に関する新しい研究が開始されている。R-17Fに関しては、iPS細胞表面の糖脂質を認識するが、従来の糖脂質性iPS /ES細胞マーカー抗体である、SSEA-3, SSEA-4 とは異なるエピトープを認識するものであり、R-17FエピトープはiPS細胞のユニバーサルマーカーとなることが明らかとなった。さらに興味あることには、iPS /ES細胞にR-17Fを加えてインキュベートすると、これらの細胞が傷害作用を受けることが判明した。
1: 当初の計画以上に進展している
R-10G抗体がヒト成体脳組織をiPS細胞と同程度の強さで染色することは意外な観察であった。一方、R-10Gエピトープはヒト胎児脳組織には発現しておらず、本エピトープはiPS細胞が分化を開始すると急速に消失し、やがて生後間もなく脳組織の形成、シナプスの形成期に再度発現するものと思われる。すなわち本エピトープはiPS細胞の規格化、標準化のためのツールとして、大変有効であるばかりでなく、脳組織形成の新しいマーカーとしての利用が期待されており、実験開始当初の予想を超えた大きな社会的、学術的波及効果を生んでいる。R-17F抗体に関しては、iPS細胞のユニバーサルマーカー抗体となる可能性が高い。すなわち、R-10G抗体を用いることにより単一コロニーを形成する未分化状態のiPS細胞が実はヘテロな糖鎖抗原を発現する異なった細胞集団であることが明らかになったのと対称的に、これらのヘテロなiPS細胞群が実は一つの共通マーカー(R-17Fエピトープ)を持つことを示しており、別の意味で大きな社会的、学術的価値を有すると期待されている。
研究費申請当初、iPS/ES細胞陽性、 EC細胞陰性の単クローン抗体の開発計画はリスクの高い研究とみなされていたが、幸いにもR-10G、R-17Fという2種の単クローン抗体の作成に成功した。さらに、これら2種の抗体はいずれも細胞表面の糖鎖を認識する抗体であった。多くの研究者が糖鎖を認識する抗体は作成し難いと考えているなかで、このような結果が得られたことにはいささか驚きを覚えている。しかしながら、この結果は決して偶然ではなく、細胞-細胞相互作用、あるいは細胞-細胞間物質相互作用において細胞表面糖鎖が大きな役割を果たしていることを反映した結果であると考えざるをえない。これらの抗体自身に関する研究も実は、今、始まったばかりであり、多くの研究が残されている。R-10G抗体に関しては、そのiPS細胞および脳組織に含まれるエピトープおよび担体タンパク質の詳細な構造解析が重要である。R-17F抗体に関しては、同様にiPS細胞表面のエピトープの構造の詳細な構造解析および生物活性の解析が重要である。
平成25年度において本研究課題より、ほとんど経費が使用されていないのは次のような理由による。まず、第一に、これまでの備蓄が十分にあったことによる。本研究の遂行には実際には、細胞培養培地代、各種プラスチック容器代、各種単クローン抗体代、FACS試薬代など、かなりの経費が使用されている。幸いにも、これらのほとんどは平成24年度までにストックとして保有していたものを利用することができた。第二に、iPS/ES生細胞を用いた実験のかなりの部分は、医薬基盤研究所に研究員を派遣して共同研究として実施したことである。これにより、各種iPS/ES細胞代、細胞培養培地代などの費用を医薬基盤研で負担していただくことができた。研究補助員を雇用し給与として執行する。さらに、基本的な生化学的、細胞生物学的実験の費用の他、現在執筆中の論文投稿料としての利用を計画している。
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