研究課題
本研究の目的は,タンパク質分子周囲の水和層の局所粘性を経時変化計測する手法の開発を通して,水和のタンパク質機能における役割を調べることである.タンパク質水和層の局所粘性の情報は,タンパク質に係留させた蛍光プローブの回転拡散のデータから得る.蛍光プローブの回転拡散は,本研究で開発した周波数領域蛍光偏光法で測定する.今年度は,本研究で開発した周波数領域蛍光偏光測定装置を用いて,アクチンタンパク質に係留した蛍光プローブの時間分解蛍光異方性測定を行った.さらに,それらのデータを基に,アクチンに係留した蛍光プローブの回転運動成分解析と,回転運動モードの帰属に着手した.アクチン/Rhodamine 6G(R6G)間の距離の異なる3種類のR6G標識アクチンを調製し,周波数領域蛍光偏光測定を行い,その回転拡散を解析した.モノマー状態であるG-アクチンにおけるアクチンに係留されたR6Gの周波数領域蛍光偏光測定データより,R6Gの時間分解蛍光異方性は時定数の異なる2つのモードの回転拡散の重なりで記述された. R6G/アクチン間の距離の異なる3種類のR6G標識アクチンのデータを解析したところ,数十ナノ秒の時定数を持つ遅い回転拡散モードはアクチンモノマーの回転ブラウン運動に帰属され,1ナノ秒以下の時定数を持つ速い回転拡散モードはR6Gの局所的な回転ブラウン運動に帰属されることが示された.また,G-アクチンが重合してフィラメント化したF-アクチンの形成に伴うR6Gの時間分解蛍光異方性変化を調べたところ,速い回転拡散モードの時定数はG-アクチンからの変化はなかったが,遅いモードの時定数はG-アクチンに対して数倍遅くなった.以上の結果より,速い回転拡散モードからはタンパク質周囲の局所粘性の情報が得られ,遅い回転拡散モードからはタンパク質自体の大きさやドメイン運動の情報が得られることが示された.
3: やや遅れている
本年度は,前年度に構築した周波数領域蛍光測定装置を用いて,アクチンに係留されたRhodamine 6G(R6G)の時間分解蛍光異方性測定を行い,それらの測定データの解析を行った.R6Gの時間分解蛍光異方性の測定データは,2つの回転拡散モードの重なりで記述され,時定数1ナノ秒以下の速いモードはR6Gの局所的な回転運動に,そして数十ナノ秒の時定数の遅いモードはアクチンの回転運動に帰属された.特に,速い回転拡散モード成分はアクチン周囲の局所粘性を反映しているので,この速い回転拡散モード成分を分解して解析できるようになったことは,当研究課題における今年度の重要な進捗である.さらに,モノマー状態のG-アクチンが重合しフィラメント化したF-アクチンを形成に伴う時間分解蛍光異方性データの取得も行った.しかしながら,以上の研究結果より明らかになった測定解析上の問題点して,(1)蛍光寿命測定に比べて時間分解蛍光異方性の測定誤差が顕著に大きいことが,時間分解蛍光異方性データの解析を困難にしたこと,そして(2)速い回転拡散モード成分の異方性減衰振幅値が小さいために,このモードの解析値を高精度で決定するのが困難だったことが挙げられる.これらの理由により,本研究の目標である速い回転拡散モードの解析データの精度改善と再現性を確認する必要が発生し,予定外に多くの時間を要した.また,速い回転拡散モードの解析データを物理的に解釈するための理論を検討するのにも時間を必要とした.
27年度の主たる研究項目は,(1)wobbling-in-coneモデルによる時間分解蛍光異方性データの解析,(2)F-アクチン形成に伴う水和層局所粘性変化の解析,そして(3)共溶媒の添加によるアクチン周囲の水和層局所粘性の変調解析とする.26年度には,アクチンに係留した蛍光色素Rhodamine 6G(R6G)の時間分解蛍光異方性測定を行い,それを基にアクチン周囲の水和層の性質の解析結果を論文としてとりまとめて論文投稿する予定であった.しかしながら,当該測定データは,指数関数減衰和のモデルだけでは物理的解釈が不十分であった.そこで,分子性プローブの回転拡散を解析するための理論を検討したところ,R6Gの時間分解蛍光異方性データはwobbling-in-cone理論を用いて解析するのが適切であることが判明した.そこで,27年度では,wobbling-in-cone理論によって,アクチンに係留されたR6Gの各回転運動モードの解析を行う.また,測定上の限界により,アクチンに係留したR6Gの時間分解蛍光異方性の経時変化測定が難しいことが判明した.そこで,研究の方針を変更し,当研究課題で構築した周波数領域蛍光測定装置が蛍光異方性の高精度測定可能であるという利点を生かすことに重点を置くこととし,アクチンに係留したR6Gの回転拡散と局所粘性との関係性を精密に解析することにする.特に,アクチンの試料溶液に共溶媒を添加することによって,アクチン周囲の水和層の局所粘性を変調させてR6Gの回転拡散を解析することで,多角的に測定データを検討する予定である.
26年度に,アクチン蛋白質に係留した蛍光色素Rhodamine 6Gの時間分解蛍光異方性測定を行い,それを基にアクチン周囲の水和層の性質の解析結果を論文投稿する予定であった.しかし,指数関数減衰和のモデル関数による解析の手法は,当該測定データからタンパク質周囲の局所粘性の知見を得るに十分でないことが判明した.このため,26年度の研究計画を変更し,時間分解蛍光異方性データからタンパク質周囲の局所粘性についての情報を得るのに適切な理論の検討を行うこととした.これにより,データ解析と論文のとりまとめの作業が次年度に及ぶ必要性が発生したために,次年度の使用額が生じた.
次年度は,アクチンに係留されたRhodamine 6Gの時間分解蛍光異方性の測定データを,wobbling-in-cone理論を用いて,解析する.これにより,時間分解蛍光異方性データから蛍光色素の局所的な回転運動における円錐角と回転拡散係数,そして蛍光色素を係留しているホスト分子であるアクチン分子の回転拡散に情報を切り分けることが可能となる.この方針に沿って,アクチンに係留されたRhodamine 6Gの局所的な回転運動の,アクチン/色素間距離との相関,アクチンのフィラメント重合に伴う変化,そして共溶媒添加に伴う変化を解析する.これにより,アクチンに係留された蛍光色素の時間分解蛍光異方性の測定データとアクチン周囲の水和層の局所粘性との相関について,当研究課題の当初計画よりも精密に調べることを目指す.
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