研究課題/領域番号 |
24570179
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
寺田 透 東京大学, 農学生命科学研究科, 准教授 (40359641)
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キーワード | 分子動力学シミュレーション / タンパク質 / リガンド / 粗視化モデル / MARTINI / マルチスケールシミュレーション |
研究概要 |
1. 分子動力学シミュレーションプログラムの改良 MARTINIを用いた粗視化シミュレーションでは、初期構造において、粗視化粒子間距離が一定の範囲にある粗視化粒子間を仮想的に結合したelastic networkを用いて立体構造を保持する。しかし、このままではリガンド結合に伴う立体構造変化を考慮することができないため、複数の立体構造間の遷移を可能にする、multiple-basin modelを分子動力学シミュレーションソフトウェアGromacsに実装した。これをリガンド結合に伴って立体構造が変化する2種類のタンパク質に適用し、実際に立体構造が遷移することを確認した。 2. 粗視化シミュレーションの実施と結果の解析 前年度作成した、基質ポケットの形状、基質ポケット表面の物理化学的性質、リガンドの物理化学的性質に基づく、タンパク質・リガンドペア分類データベースから、6種類のタンパク質・リガンドペアを選定した。必要に応じて、前年度に構築したシステムを用いてリガンドの力場パラメータを決定した。リガンド非結合状態のタンパク質の周囲に4~10個のリガンドをランダムに配置したものに対して、2~5 μsの粗視化シミュレーションを、リガンドの初期配置と初速を変えながら50~100回繰り返した。いずれの系においても、基質ポケットへのリガンド結合が観察された。 トラジェクトリデータに含まれる各スナップショット構造を並進・回転させてタンパク質の立体構造を重ね合わせた後、系をセルに分割し、各セルにおける重心位置の密度と平均速度を計算した。ここから、リガンドの分布とリガンドの流束を求め、可視化した。その結果、リガンドは、それぞれのタンパク質に特有の経路を通って、基質ポケットに結合することが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
前年度に構築した、タンパク質・リガンドペア分類データベースと、粗視化パラメータ計算システムを用いて、6種類のタンパク質・リガンドペアについて、粗視化シミュレーションを実施した。ここでは、リガンドによる基質ポケットの認識機構や、リガンドの基質ポケットへの結合過程を支配する要因を明らかにするという本研究の目的に沿って、基質ポケットの形状や、物理化学的性質、リガンドの物理化学的性質の異なるタンパク質・リガンドペアを1つずつ選定した。計画では、100~250 ns程度のシミュレーションを、10回程度繰り返す予定であったが、この時間・回数では十分な数のリガンド結合イベントを観測できなかったため、シミュレーション時間を2~5 μsに、繰り返し回数を50~100回に大幅に増やした。この結果、20~200回程度のリガンド結合イベントを観察することができた。また、計画では来年度行う予定であった、トラジェクトリデータの解析を、今年度に前倒しして実施した。ここでは、タンパク質周囲のリガンドの分布と流束の計算を行った。この結果、研究開始前に予想していた通り、リガンドは、ランダムに基質ポケットに結合するのではなく、それぞれのタンパク質に特有の経路を通って、基質ポケットに結合することが明らかとなった。加えて、結果の比較から、リガンド結合経路は、タンパク質表面の形状や物理化学的性質、リガンドの物理化学的性質と密接に関係していることが示唆された。また、当初の計画通り、分子動力学シミュレーションプログラムの改良も実施し、リガンド結合に伴うタンパク質の立体構造変化を再現できない、粗視化シミュレーション法の弱点を克服し、こうしたタンパク質においても、立体構造変化を考慮したリガンド結合シミュレーションを行うことができる方法論を確立した。以上から、本研究は当初の計画以上に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
平成26年度は、マルチコピー・マルチスケール分子動力学シミュレーション法の1つであるstring法を用いて、リガンド結合パスウェイの精密化を行う。ここでは、多数の全原子モデルのコピーを連成して計算を行う必要があるため、膨大な計算量が必要となる。このため、当初の計画では、計算対象となるタンパク質・リガンドペアを複数選定してシミュレーションを実施することにしていたが、1つを選定して実施することに変更する。代わりに、十分な数のコピーを連成させ、高い精度で計算を行う。粗視化シミュレーションの結果得られたリガンド結合パスウェイを初期パスウェイとして用い、これを自由エネルギーの勾配に沿って最適化する。次いで、結合パスウェイに沿った自由エネルギー地形を求める。ここでは、自由エネルギー勾配から自由エネルギー地形を構築することを基本とし、計算機資源に余裕があればアンブレラサンプリング法などを実施してより精度の高い自由エネルギー地形を求めることにする。 さらに、粗視化シミュレーションのトラジェクトリから、結合・解離速度定数や解離定数を求める方法論を確立する。これを実験データと比較することで、粗視化モデルが、計算負荷の高い全原子モデルの代わりとなりうるか、検証を行う。
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次年度の研究費の使用計画 |
日本生物物理学会第51回年会において本研究の成果を、研究協力者の学生と共同で発表を行ったが、当該学生の分を含め、旅費は大学の経費から支出した。また、米国のBiophysical Society 58th Annual Meetingに参加する予定であったが、体調の問題により、研究協力者の学生のみが参加し発表を行った。当該学生の旅費は大学の経費から支出した。また、論文を作成し投稿したが、平成25年度中には掲載に至らなかったため、学会誌投稿料を支出しなかった。以上の理由から次年度使用額が生じた。 平成26年度は、string法を用いてリガンド結合パスウェイの精密化を行う予定である。この計算には、研究代表者らが開発したライブラリμ2libを用いて、リガンド結合パスウェイの最適化に特化したstring法のプログラムを作成する予定である。ここでは全原子モデルのコピーを多数連成させて計算を行うため、膨大な計算量が必要となる。このため、計算と並行して、民間のソフトウェア会社に依頼してμ2libの改良を行い、計算の効率化を図ることを計画している。この費用として50万円を見込んでいる。また、研究成果を公表するためのホームページ作成費用として50万円を見込んでいる。研究の成果を発表し、関連する研究分野の動向を調査するために、日本生物物理学会と米国の生物物理学会の年会に参加する予定である。これらに必要な国内旅費と外国旅費として、それぞれ10万円と20万円を見込んでいる。また、学会誌投稿料として、7万円を見込んでいる。
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