昨年度までの研究で、[α-15N]Lys標識ヒトPLC-δ1PHドメイン(hPH)において、基質結合能を制御するタンパク質分子内情報伝達経路の存在およびそれに関与する残基の同定を進めて来た。その解析過程において、Lys43の1H-15N HSQC NMR信号が、基質濃度上昇に伴い、2段階の異なる化学シフト変化を示すことを発見した。Lys43は、hPHの基質結合部位とは空間的に離れた位置に存在していること、また、他のLys残基ではこのような2段階シフトは観測されなかったことから、Lys43と基質結合領域との間に、基質濃度に依存して変化する相互作用ネットワーク機構の存在が示唆された。そこで本年度は、種々の変異体hPHを用いて、Lys43近傍と基質結合部位との間の相互作用ネットワークの分子機構探索を行った。その結果、Tyr42側鎖OH基がLys43の基質濃度依存2段階シフトに関与することが明らかとなった。Lys43の1H-15N HSQC NMR信号は、基質結合に関与するLys30およびLys32の変異体K30AおよびK32Aにおいても変化することから、このLys43の変化はTyr42側鎖OH基を媒介して誘起されることが示唆される。しかし、Tyr42側鎖OHを除去した変異体(Y42F)では、基質結合能は野生株とほぼ同等であったことから、Tyr42側鎖OH基は、分子内情報伝達ネットワークに関与するものの、基質結合活性には寄与していないことも明らかとなった。一方、Tyr42側鎖フェニル環を除去した変異体Y42AおよびY42Gでは、精製段階で凝集することから、Tyr42側鎖フェニル環は、タンパク質の安定化に寄与していることが示唆された。
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