インフルエンザ(Flu)ウイルスのヘマグルチニンタンパク質は、Fluウイルスの主要な抗原となるタンパク質であり、そのアミノ酸配列が緩やかに変異することでFluウイルスがヒト宿主集団に感染し続けることを可能にしている。しかしヒト宿主集団の交差免疫の作用により、Fluウイルスは遺伝的な多型を残すことが出来ず、一次元的な自由度で遺伝情報を伝え残している。そして抗原性に断続的に生じている大きな変異によって幾つかのクラスターに分割される。このクラスター構造の発生機序は未だ解明されておらず、配列変異に生じた選択圧の時空間分布を明らかにし、その選択により抗原性の変異がどのような物理化学的変化によってもたらされたのかを明らかにすることでクラスター構造発生機序を解明することが目的である。初年度ではタンパク質変異にかかる選択圧分布の検出をコドン配列進化の階層ベイズモデルを構築して遂行した。この手法では選択圧の空間集積性を表す事前分布としてポッツ模型を導入している。次年度では抗原性によって分けられたクラスターの選択圧分布に対して、背景となる分布を制約として事前分布に導入して解析を行った。開発した解析手法をFluウイルス(H3N2型)の1968年から2003年までの分離株に適用したところ、絶滅したクラスターにおいて、多様化圧がかかっていたアミノ酸残基における置換のほとんどで物理化学的な性質を変えていないことが判明した。最終年度では、解析手法を発展させてFluウイルスに生じた遺伝的変異の淘汰機構がどのように抗原性の断続的変異に影響したのかを調べた。しかし、各クラスターの配列数が十分な規模ではないことから問題が生じており、連続状態のイジング模型を用いて全てのクラスターを一体として扱う手法を開発している。手法の開発は、まだ幾つかの課題点を残しつつも概ねその形を観るに至っており、その成果を発表する予定である。
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