平成26年度は、本研究最終年度にあたり、東日本大震災の被災地である気仙沼市を中心に調査研究を進めてきた。特に、旧唐桑町に位置する舞根地区では高台移転のための期成同盟会の定例会に参加し、オーラルヒストリーによる聞き取りを継続してきた。また、同地区内の津波被災地における生物相の変遷を現地調査によって明らかにした。これらは投稿論文や学会発表の形で研究成果を公表してきたが、26年9月には「もうね語り部帖第二号」を発行し、舞根地区の全世帯に配布し、本研究の成果を地域に還元した。これまでの聞き取り調査により、舞根地区の住民が避難所に移動するのが遅れたことが、結果的に小学校の教室に地区住民がまとまって避難することに繋がり、高台移転という地区の将来像を迅速にできたことが明らかになった。また、地区内で定期的に行事をこれまでも開催しており、住民間の繋がりが強かったことも、良い影響を及ぼしたと考えられる。高台移転の計画は早急にまとまった一方で、被災跡地の利活用はなかなかまとまらず、被災によって形成された湿地では本来成立していた生態系が復元しつつあった。しかし、復興予算の特例期間が27年度までと迫る中で、被災地のかなりの面積が農地復旧されることになり、水生生物の生息に大きな影響を及ぼしていることが明らかになった。 津波によって甚大な被害を受けた気仙沼市中心部を対象とし、1913年以降の土地利用の変遷と津波浸水範囲を分析した結果、浸水範囲の約半分が1913年当時は水田で、2割が水域であったことが明らかになった。特に被害が大きかった埋立地の南気仙沼地区、鹿折地区はそのほぼ全域が水田か、水域(海)、砂浜であった。当時は、そのような土地利用が都市的な土地利用との間のバッファーとして機能しており、グリーンインフラストラクチャーとなっていたと言える。
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