研究課題/領域番号 |
24580075
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
深谷 緑 東京大学, 農学生命科学研究科, 特任研究員 (80456821)
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研究分担者 |
高梨 琢磨 独立行政法人森林総合研究所, 森林科学研究領域, 主任研究員 (60399376)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 情報生態学 / 振動 / 視覚 / 配偶認知 / 多種感覚 |
研究概要 |
視覚によって誘導されるカミキリムシの触角反応にクロスモーダルに作用し反応を強化する振動刺激の性質を明らかにするため、正弦波振動の周波数、強度を調節してマツノマダラカミキリに投与した。その結果、まず視触角反応の強化作用は、100Hz程度の低周波領域で高く、本種が微弱なレベルの振動を認識、利用することを明らかにした。次に触角反応を強化する微弱振動が同種個体認知に機能している可能性を検証するため、性別・大きさなど属性の異なる個体の接近時の振動(足音振動)を採録したが、個体属性による振動の性質には明確な差異はなかった。次に、採録した足音振動の再生ほか、数種の振動を供試虫に投与、それぞれについて視覚依存的触角反応の強度-反応率曲線を作成した。カミキリは足音振動再生に対し、同強度の正弦波振動を与えた場合と同程度、衰弱寄主で採録した振動再生存下、及び無振動条件下より高い比率で触角反応を示した。以上のようにカミキリムシは足音振動を他の振動からある程度識別し、配偶認知において利用しているという仮説が強く支持された。ただし足音振動により接近者の性別まで判別しているとは考えられず、種・性認知は、他の要因との協力により行われているものと考えられた。 さらに配偶認知に介在する振動と忌避反応を引き起こす振動の特性の差異を明らかにするため、摂食抑制を示す強度、パルス長、間隔の検証を行った。意外なことに触角反応を強化するレベルの数倍の強い振動を与えたときにも、摂食阻害はほとんど確認できなかった。この鈍さが『慣れ』の影響による可能性を考え、連続的または断続的な振動を与えたところ、連続的振動はほとんど摂食阻害効果を示さなかったが、ある範囲のパルス間隔を持つ断続的振動には摂食抑制効果が認められた。要するに忌避的反応解発には触角反応よりも強いレベルの振動を必要とし、さらに振動のパルス間隔が重要であることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)視覚依存的な反応の振動による強化、嗅覚刺激を主要因とする行動への視覚の介在による反応など、複数の感覚情報の存在によって起きる昆虫の行動反応を解析し、昆虫のマルチモーダル感覚情報利用システムを明らかにすること、(2)近縁異種間の特定行動における視覚、振動などの感覚への依存性と系統、生活史との関係を明らかにし、昆虫での複数の感覚情報利用の進化過程の解明を目指すことが本研究の主な目的である。24年度はこのうち(1)が大きく進展した。即ち、接近者により発生する固体振動(足音振動)の再生振動で視覚依存的触角反応が強化されたことから、足音振動が視覚を補完し配偶認知に介在するという仮説が支持された。また、カミキリムシは低周波振動に対する反応性、とくに投与した範囲では100Hz での反応性が高かった。利用する振動の周波数の範囲が限られているにもかかわらず、足音振動、寄主由来の振動など振動発生源の種類により異なる反応を示した。 信号として発信されたのではない固体振動が、狭い周波数帯の振動のみ利用する種によってどのように識別・利用されるのかという問題が浮上した。そのような振動はa)接触刺激性フェロモンなど、性・種特異的情報との統合利用により機能する、b)他の、非特異的情報との統合利用により情報としての確実性を上昇させるということが推測された。さらに微弱な連続的振動は触角反応を引き起こすが忌避的行動は誘導しにくく、その一方で断続的な強い振動は忌避的行動を引き起こすことなどから、(c)周波数のみならず、強度(加速度)、パルス間隔の差異が、情報として機能しているか、あるいは慣れの発生に差異を生じることによって結果的に反応の種類と頻度に差異を生じさせることが示唆された。 以上のように振動と視覚の協力に関する成果を得た一方で,嗅覚要因、視覚要因の協調、各要因利用の進化に関する研究も進めている。
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今後の研究の推進方策 |
25年度は行動誘導に不可欠な信号刺激(鍵刺激)と、別の感覚情報、特に振動のような単独で機能しない「弱い」情報との統合的利用システムの解明をさらに進めていく。具体的には下記の内容を予定している。材料としてはカミキリムシのほか、多種感覚を用いていると考えられる種も含め、昼行性の種、夜行性の種を併用する。 1)照度、あるいは温度の振動情報利用への影響。振動は、視覚を補完する情報として機能するものと考えられ、実験時の周囲光が触角反応など、視覚-非視覚的情報の統合利用に影響し、各情報要因への依存性をシフトさせるする可能性が考えられる。そこで、照度を変動させ、視覚、振動刺激などに対する反応の変化を調べる。また夜間の生態を野外・網室内などで観察、昼間との行動シークエンスの違いを解析し、情報利用システムの変化を室内実験結果と照合する。さらにこれまであまり着目されてしていなかった温度の情報としての利用可能性を検討する。 2)落下、フリーズ、忌避など防御的反応の誘導における視覚、振動、化学感覚、接触物理刺激の作用について、各種の刺激を調節して投与し、それぞれ単独・統合作用について明らかにする。 3)配偶行動における化学感覚と視覚、振動感覚の関係の解明 配偶定位~交尾試行の過程で主要因となることを応募者がすでに明らかにしている嗅覚・接触化学感覚に加え、振動などが協力要因となる事を明らかにし、鍵刺激と協力要因の機能を、神経生理学的、行動学的手法などにより多角的に解析する。 4)クロスモーダルな感覚強化作用の神経生理学的背景の解明を試みる。マツノマダラカミキリのみにおいて、振動感覚器である弦音器官が同定されているが、他種においては振動感覚器は特定されていない。本研究では他の振動感覚器官も含め振動受容器官の特定を試み、他感覚との協調メカニズムを推測する。
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次年度の研究費の使用計画 |
供試虫に行動反応を引き起こす刺激要因を人工的・定量的に調節した環境下での操作実験により解析するため、24年度に視覚刺激提示用液晶ディスプレイ、刺激提示用送気装置、照明などを購入する予定であった。しかし、24年度行った実験では主要な実験は、主に森林総研ほかの既存の機材・設備を利用して行うことができた。また材料として当初、数種の昆虫を採集して用いる予定であったが、個体が多数必要な内容は、森林総研にて累代しているマツノマダラカミキリや敷地内で採集した採集個体などで行うことができた。また今年度は実験時期との重なり、研究の進行の都合などから国際学会出席を見送った。 しかし25年度は、24年度に借用した機材・施設の使用者が増え、利用が極めて制限される状態になった。そこで25年度には、視覚刺激提示用のディスプレイまたはPC、加振装置などを24年度で得た知見を踏まえ新たに購入し、環境刺激提示・解析装置を実験場所に新規に構築して実験を行う。また25年度は(東大や森林総研で)いま累代していないカミキリその他の昆虫も、多個体数を使用して実験を行う予定であるため、採集旅費・飼育、野外調査のために研究費を使用する。また東大以外の所有設備(森林総研、日本大学他の、行動解析実験室、網室など)を利用するための移動費、滞在費にも当てる。さらに研究成果も蓄積してきたため25年度は学会などでの成果発表機会もできる限りもちたいため、学会への出張費としても研究費を使用する。
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