研究課題/領域番号 |
24580075
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
深谷 緑 東京大学, 農学生命科学研究科, 特任研究員 (80456821)
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研究分担者 |
高梨 琢磨 独立行政法人森林総合研究所, 森林昆虫研究領域, 主任研究員 (60399376)
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キーワード | 情報生態学 / 多種感覚情報 / 振動 / 視覚 / 昆虫行動 / 回避行動 / クロスモーダル |
研究概要 |
H24年度までは主に配偶認知における視覚・嗅覚・振動感覚のマルチモーダルな感覚統合利用についての結果を得、報告してきたが、25年度は主に外敵を回避する行動における新規な知見を得た。まず回避行動の一つである「落下」を誘導する要因を確認する実験をマツノマダラカミキリ、キボシカミキリで行ったところ、成虫の落下反応は材に伝わる固体振動のみでは起きにくく、黒色の物体提示による視覚刺激で誘導され、更に視覚刺激と振動を同時に与えたとき著しく増大した。以上から回避行動における視覚と振動刺激のクロスモーダルな協調作用の存在を証明した。またマツノマダラカミキリにおいては成熟個体は未成熟個体よりも落下しにくく、特に視覚刺激提示のみでの落下率は成熟雄で低いことが明らかになった。この落下率の差は、落下による交尾の機会損失のコストの差によるものと推測され、情報の意味の文脈依存性も示された。 カミキリ科では嗅覚反応の視覚情報による強化がゴマダラカミキリの配偶定位でのみ報告されていたが、今回、防御行動における嗅覚と視覚情報の統合利用がオオアオカミキリで確認された。即ち本種は同種個体が放出する刺激性物質(警報物質)によりフリーズ反応等を示し、また視覚刺激では触角反応を示すが、警報物質と強い視覚刺激が存在するとき威嚇行動が誘導される「行動スイッチング」が見られた。 一方、捕食時に作用する毒・あるいは苦み成分を持つ寄生蜂ウマノオバチのメスが、視覚情報である警告色とともに嗅覚情報である警報物質を放出、これによりアリなどの外敵を効果的に忌避することが示唆された。これは情報発信側が複数情報を発信し受容側の感覚器の機能や環境によって利用するという事例と考えられた。 このほか作用をもたらす振動情報の構造を明らかにするため摂食阻害効果を指標として、パルス長や間隔などの振動の性質と効果の差異の解析を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H25年度はこれまで研究してきた触角反応の他、回避・防御的反応におけるマルチモーダルな感覚情報の統合利用について解析し、行動誘導に不可欠な信号刺激と協力要因の統合的利用の生態的意義の解明を顕著に進める事ができた。 まず落下・フリーズという「回避」反応において視覚、振動感覚がクロスモーダルな協力作用を示すことを初めて証明した(マツノマダラカミキリ等)。さらに同種個体が放出する警報物質のみではフリーズ行動が誘導され、視覚刺激のみでは接近者の情報を積極的に受容する触角反応が誘導されること、さらに警報物質と強い視覚刺激が同時に存在するときにのみ視覚目標への攻撃が誘導されるという条件依存的「行動スイッチング」という興味深い事象を認めた(オオアオカミキリ)。また落下反応率が情報受容者の性成熟度により異なることは多種情報利用の生理条件依存性を示す新知見である(マツノマダラカミキリ等)。これは落下のコストが成熟個体で大きいことによると推測した。このようにマルチモーダルな感覚情報利用が誘導する行動の一般性、マルチモーダル情報利用における情報応答の文脈依存性が明らかになった。 このほか様々な種での振動受容器官の特定を進めた。また照度の振動情報利用への影響を調べる実験に着手した。特に後者については来年度に備え供試虫に振動、視覚刺激、さらに嗅覚刺激を調節して提示し、それぞれの機能について神経生理学的、行動学的手法などにより多角的に解析、種間比較の際の指標・条件を調整中である。一方、H26年度に行う系統関係と視覚、振動依存性の関係評価に使用する候補をスクリーニングし、視覚依存的触角反応を示す種を20種以上枚挙できた。 以上のように次年度に持ち越した課題もあるが、想定よりも著しい成果を得た部分が大きく、目標とした研究はおおむね順調に進展していると評価する。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、配偶行動、回避(落下、フリーズなど)・警戒行動などにおけるマルチモーダル情報利用システムの研究を更に進めて研究のまとめを行う。また感覚情報への依存性と系統、環境・生活史の関係を種間比較し、マルチモーダルな情報利用システムの進化過程、また利用情報の構成を決定する要因の解明をめざす。 1)カミキリを中心に逃避・威嚇行動などにおける多種情報利用による行動のスイッチング現象の解析を進める。25年度に見いだした視覚-嗅覚情報の機能に加え、26年度は振動情報を加えて実験を行う。 2)触角反応、落下など接近者認識反応において、振動及び嗅覚情報(光非依存)、視覚情報(光条件依存)と、行動時間帯の関係の解析を複数の種を用いて進める。 3)忌避物質(嗅覚、接触化学感覚)と視覚情報(寄生蜂において)、種内情報物質としての警報物質(嗅覚)と視覚情報の作用(オオアオカミキリなど)について追加実験を行う。 4)1~3の実験に用いるバーチャル環境・刺激提示システムをH25年度より更に改良し、視覚要因を含めた各種刺激の投与タイミングの微調整を行う。これにより要因の効果の解析の精度を更に高め、特に視覚要因については色(hue、chroma)やサイズ、接近速度等の影響も解析する。 5)主に2の結果を受け、一部は文献データも利用し、カミキリムシにおける各種感覚情報への反応の環境・生活史との関係を解析、種間比較法により感覚器および感覚情報利用の進化過程の推定を試みる。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度使用額が生じた理由は、25年度購入予定であった機材の一部を、思いがけず森林総合部研究所および東京大学で隣接する研究室(応用昆虫学研究室)から一時的な借り入れができ、この機材を25年度購入機材に加えて予定した実験を遂行できたことによる。 H26年度は深谷が日本大学生物資源科学部に移ること、また予定実験内容により、先述の機材を森林総合研究所や東大他研究室から借り入れることが不可能になる。このため高解像度ディスプレイやアンプなどを追加購入する必要が生じる。26年度に予定する実験に用いるヴァーチャル環境・刺激提示システムは、新規購入機材を加えて25年度より改良し、視覚要因を含めた各種刺激の投与タイミングの微調整を行い要因の効果の解析の精度を更に高める。とくに視覚要因についてはPCプログラム-ディスプレイや色表を利用し、色(hue、chroma、lightness)、サイズや出現タイミング、接近速度などを定量的に設定した実験を行う。また照度の微調整可能な装置を設置し、照度と視覚-振動依存性の評価を行う予定である。
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