昆虫のマルチモーダルな情報利用システムについて総括を試みている。「接近者」を認識し、回避、闘争、情報収集行動(active-sensing)などを誘導する情報要因は、受容者(receiver)の感覚器の機能と環境条件による制約をうける。昆虫は、多くの場合非特異的な情報要因を複数用い、各要因の強度やタイミングなどの変化の検知と、自己の生理的条件による優先反応の変化により最適行動を示す。特異的要因(性フェロモンなど)存在下での非特異的な協力要因利用でも同様である。 [回避行動-触角反応の切り替え] 接近相手に触角でふれる「触角反応」は視覚依存的反応で振動刺激によって強化されるが、落下・逃走行動は視覚・振動単独でも誘導され2要因のクロスモーダルな協力で増大することが実験により明らかになった。マツノマダラカミキリでは未成熟個体は成熟個体よりも落下率が高く、触角反応を示す比率は低かった。この差異は落下による交尾の機会損失コストが未成熟個体では低いことによると推測した。本種では捕食者による振動の識別、また視覚のみでの捕食者の認識は困難と推測されるが、野外で振動発生時に接近する暗色物体は捕食者である可能性が高く、振動発生時に視覚刺激によって落下することは捕食回避手段として有効と考えられた。 [振動と視覚の統合利用の条件] 振動・視覚刺激の供与タイミングを入れ替えて反応を精査した。成虫に視覚刺激の継続提示下で振動を与えたとき、振動開始時に触角反応を示した。不動の視覚刺激源を振動開始時に視認したようにみえた。順序などによらず振動・視覚が揃ったときに協力作用が生じることが示された。また野外立木上での振動による本種の回避行動誘導を確認した。 [視覚、振動、化学要因の利用] 各感覚情報利用と系統、生活史の関係をカミキリムシ科で検討したところ化学要因より視覚、振動で生活史依存性が高い傾向が伺われた。
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