細菌のストレス応答は複数の遺伝子転写制御系のネットワーク構造で構成されている。本研究は、まず目的以外の制御系を削除した単純系株を構築し、個々の制御系の真の支配下遺伝子を個別に明らかにしていき、それらを統合して正確な元の全体像を得る、従来法と 全く逆の方向からのアプローチによる、新たな解析手法に基づくものである。手始めにゲノム改変が容易な枯草菌を材料とし、シグマ因子群からなる転写制御ネットワークの構造と機能・意義に関する解析を行った。 これまで、足跡を残さず、遺伝子内領域を染色体から欠失させるマーカーレス破壊法により、枯草菌の19のシグマ因子のうち18のシグマ因子が機能していない株(シグマ因子最少株)の作製を行い、実質たった1つのシグマ因子のみで増殖可能であることが判明した。 シグマ因子最少株について、熱ストレス等種々の環境ストレスに対する応答を調べた結果、シグマ因子を全て有する野生株との大きな違いは見出せなかったが、シグマ因子最少株は定常期には死滅してしまうというユニークな表現型を呈した。この表現型に関与する責任シグマ因子の同定を行うために、シグマ因子最少株を基本に、シグマ因子の保有数を1つ、2つと段階的に増した株のシリーズを作製した。その結果、定常期死滅はシグマ因子最少株で見られる表現型であることが判った。 最終年度では、この定常期死滅を免れる細胞を、数種類取得し、その解析を行った。全ゲノム再シーケンスにより現在、変異部位の探索を行っている。また、細菌にはリボソームを不活化して保存しておくための因子が存在するが、シグマ因子最少株ではこの因子を欠失させることができず、その要因は破壊したシグマ因子の一つにあることが判明した。リボソームと転写装置の、定常期細胞の生存における相互の関係を示唆する結果である。
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