研究課題
本研究は、「キチナーゼによる結晶性キチン分解機構解明」を長期的な目標として、研究期間内「キチナーゼによる結晶性キチン分解における芳香族アミノ酸残基の機能を解明」し、さらに「キチナーゼによるα-キチン分解機構解明の端緒を開くこと」を目指している。S. marcescens のキチナーA (SeChiA)分子表面には3つの、キチナーゼB(SeChiB) 分子表面には4つの直線上に並んだ芳香族アミノ酸残基がある。また、触媒クレフト内部にも結晶性キチン分解に必須な芳香族アミノ酸残基がある。これらの残基は、“結晶性キチン表面への結合”、“触媒クレフトへのキチン鎖の導入”、“結晶性キチン表面における酵素の移動”、“クレフト内部のキチン鎖の移動”に関与していると予想される。平成24年度に、SeChiB表面の4つの芳香族アミノ酸残基のTrp(W)をTyr(Y)に、YをWに置換した変異SeChiB遺伝子の構築し、その生産と精製の系を確立した。そして、生化学的な解析と高速原子間力顕微鏡による観察によって、4つの芳香族アミノ酸残基が基質結合および分解に重要であり、特に触媒クレフトに一番近いY240が、キチン鎖を結晶表面から引き剥がしクレフト内部に導く残基であると推測した。この結果を受け、平成25年度はSeChiB表面の 4つの芳香族アミノ酸残基を置換した6つの変異SeChiBのうち、YをWに置換した3つの変異株に着目してキチン結合活性と分解活性の詳細な定量的解析をおこなった。その結果、W変異により最大結合量が増加するがそのほとんどが非プロダクティブな結合であることがわかった。また、Y240のW変異はプロセッシブな分解速度を低下させるなどの重要な成果が得られた。一方、SeChiAに関しては、W167の各種変異体をコードする遺伝子の構築をほぼ終了することができた。
2: おおむね順調に進展している
SeChiBの分子表面の芳香族アミノ酸残基の機能解明に関しては、平成24年度に6つの変異SeChiB遺伝子の構築を終了し、変異体の生産と精製を行い、基本的な生化学的性質を比較的短期間で終えることが出来た。さらに平成25年度に予定していた高速原子間力顕微鏡を用いた結晶性キチン表面での野生型および変異SeChiBの可視化と挙動の観察にも成功し、予定を上回る成果を得た。平成25年度当初に、これらの変異体のうち一部に予期していなかった塩基の挿入があることがわかり、変異体構築を一部やり直した。そのため研究の進行が遅れたが、平成24年度の実験が予定を上回っていたため、その遅れを差し引いてもほぼ申請時に予定していた内容はおおよそ達成できている。また、SeChiAの触媒クレフト内部の芳香族アミノ酸残基を変異させる実験は、まずはサブサイト-3位のTrp(W)167の各種変異体に集中することにし、その構築を平成25年度にほぼ終了できた。また、α-キチン分解機構解明のための実験準備もほぼ順調に進んでいる。このように、平成25年度は平成24年度ほどの目覚ましい進展はなかったが、研究計画全体としてみると「おおむね順調に進んでいる」と判断するのが妥当であると考えられる。
平成25年度に予定していた、野生型および変異SeChiBのβ-キチン微小繊維上の移動速度の変化の定量的評価と比較解析は、予想外の塩基挿入が見つかったため完了できなかった。そこで、この実験を今年度実施する。そして、分解活性や結合活性などに関する酵素化学的な解析の結果とあわせて、SeChiB分子表面の変異の位置と種類に基づいて総合的に考察し、個々の芳香族アミノ酸残基の機能に関するさらに詳細な情報を得る予定である。特に重要なのは、移動速度と分解活性の相関と、結合活性が与える移動速度および分解活性への影響である。それによって、SeChiB分子表面の芳香族アミノ酸残基残基が結晶性キチン表面におけるキチナーゼ分子の移動においても必要なのかどうかを解明し、さらに特別な重要性が示唆されているY240残基の機能を深く考察したい。一方、SeChiAに関しては、触媒クレフト内部の芳香族アミノ酸残基の変異体であるW167の各種変異体構築が平成25年度にほぼ終了したので、その生産と精製をおこない、まず各種のキチンに対する結合活性や分解活性などの生化学的な解析に全力で取り組む。そして 最適の変異体を3種程度選択し、高速原子間力顕微鏡により結晶性キチン表面における挙動を観察し、結晶性β-キチン分解活性の低下と微小繊維上の移動速度の相関を解析する。また、α-キチンの分解機構の解明を目指した研究に関しては、東京大学農学生命科学研究科の和田准教授の協力のもとで、海洋藻類Phaeocystis 由来の高結晶性α-キチン微小繊維を用いて、SeChiAおよびSeChiBの高結晶性α-キチンに対する作用に本格的に着手する予定である。そして、生化学的な解析と高速原子間力顕微鏡による観察を併用し、結晶性β-キチンとの違いに着目しながら、自然界において重要なα-キチン分解のメカニズムを明らかにする。
平成24年度に生じた次年度使用額を考慮せずに、平成25年度に使用可能な直接経費が900,000円のみであると勘違いしたため、平成25年に同額の次年度使用額が生じたものです。平成26年度に物品費として使用する予定です。
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