昨年度までに、豚肉における亜硝酸塩によるトランス脂肪酸の生成には肉のpHが深く関与していることが示唆する研究成果を得た。そこで最終年度は、トランス酸生成量のpH依存性について再現性の確認を行うと共に、亜硝酸塩によるトランス酸生成機構について検討した。 その結果、トランス脂肪酸の生成は主に酸性条件下で促進され、特にpHが3.0以下になると生成量が顕著に増加することが再確認された。また、ESR(電子スピン共鳴)スペクトル解析などから、この反応は強酸性条件下において亜硝酸イオンから生成した亜硝酸ラジカルによるモノ不飽和脂肪酸の酸化反応に起因すると推測された。亜硝酸ラジカルによるモノ不飽和脂肪酸のトランス異性化反応は、市販の亜硝酸ラジカル発生剤を用いた実験においても確認された。それに対し、亜硝酸イオンや一酸化窒素の共存下で行った同様の実験ではトランス脂肪酸生成を認めなかった事実は、亜硝酸ラジカルによる脂肪酸の異性化が豚肉中のトランス脂肪酸の生成要因であるという、先の実験結果を支持するものであった。 本年度までに実施した研究の結果を通して、食肉加工時に多量の亜硝酸塩を添加するとトランス脂肪酸が生成するリスクがあること、亜硝酸塩によるトランス脂肪酸生成は肉のpHに依存すること、トランス脂肪酸生成は酸性条件(特にpH3.0以下)で促進されること、酸性条件下でのトランス異性化反応は亜硝酸イオンから生じる亜硝酸ラジカルによる酸化反応に起因することが明らかになった。亜硝酸塩の添加は食肉製品の色調や呈味を整えるなど重要な働きもあるため、食肉加工から除外することはデメリットも大きい。一方、発酵製品など特殊なものを除き、食肉製品のpHが5.0を下回ることはまずない。従って、一般的な食肉製品の製造管理上は、pHをモニターしコントロールすることで、トランス脂肪酸に関連するリスクを低くできると結論した。
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