研究課題/領域番号 |
24580443
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
中島 千絵 北海道大学, 人獣共通感染症リサーチセンター, 特任助教 (60435964)
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研究分担者 |
鈴木 定彦 北海道大学, 人獣共通感染症リサーチセンター, 教授 (90206540)
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キーワード | 結核菌群菌 / Mycobacterium orygis / 人獣共通感染症 / バングラデシュ / ネパール / 国際研究者交流 |
研究概要 |
Mycobacterium orygisは、2012年に新種として独立させることが提唱された結核菌群菌の一亜種であり、系統樹上では結核菌とウシ型結核菌(M. bovis)の間に位置する。主としてレイヨウの仲間からの分離が報告されているが、その例数は少なく、人を含めた宿主域や地理的な分布域等は明らかとなっていない。近年、我々はバングラデシュの牛およびサルの結核病変からこの菌株を複数分離・同定し、この地域において少なくとも2系統の菌株が蔓延していることを見出したが、昨年度はこれに加え、この菌がネパールの野生動物の間で蔓延している可能性を示唆する新たな知見を得た。 当該飼育施設では国内の野生のシカを捕獲して長年に亘り飼育していたが、斃死個体にしばしば結核病変が観察されており、今回、1頭の肺病変から分離された結核様菌の遺伝子解析を行ったところ、欠損領域や点変異の特徴よりM. orygisであることが証明された。スポリゴタイピングによる型別結果は、バングラデシュ株を含む既存のM. orygisに一致したが、MLVA型別結果はいずれの報告例とも異なり、ネパールの固有蔓延株であることが示唆された。これらのシカが野外から導入されたことを考えると、ネパールの野生動物の間でM. orygisが保持されている可能性は高いと考えられる。バングラデシュでの種の壁を越えた伝播、同一地域内における株の多様性、また、人からの分離例の多くも南アジアに起因することを考え併せると、この広い宿主域を示す結核菌群菌の主な分布域はこれらの国々を含む南アジアであろう。現在、ネパールにおいて、この感染群を含む他の個体からも分離を試みている。この他に、ゾウから分離された菌は解析の結果、人型結核菌であることが判明したため、これらの株のゲノムを合わせて解析することによって、結核菌群菌の宿主域を決定する因子を探る。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の予定では、バングラデシュで既に分離されていた株のみを用いて解析を行い、2年目以降はゲノム解析とインビトロの試験に移行する予定であった。しかし、スタート時点の計画には入っていなかったネパールの共同研究者より、動物由来の複数の検体を譲り受けることができ、このうちシカ由来の株がM. orygisであることが判明した。また、ゾウから分離された3株は、解析の結果いずれも人型の結核菌であった。このうちの1株はgyrA遺伝子上に過去に報告の無い特異的な点変異を持っていたため、我々がこの地域で別に行っている人結核疫学調査株データと比較したところ、蔓延している株の一部に同じ変異が観察され、感染源が地元の人間であったこと示唆された。また、M. orygisにおいては文献的にもスポリゴタイプが安定しており、異なる動物種から得られた株もほぼ全て同一の型を示していたが、ゾウから得られた3株はMLVA等の他の型別法により非常に近縁であることが証明されたにも係らず、スポリゴタイプが全て異なっていた。即ち、人に高度に適応した結核菌が他の動物に感染したときには、そのゲノム上の恐らくは特定の部位に高度の構造変化が起こる可能性が示唆されていると考える。当初の計画とは異なった展開となったが、最終目的である結核菌群菌の宿主指向性や順応性に関与するゲノム上領域を調べるための有力な検体を複数確保することができた点で、昨年度の収穫は大きく、達成度は大であったと考える。
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今後の研究の推進方策 |
新たに入手したシカ由来M. orygis株、ゾウ由来M. tuberculosis3株に加え、ゾウ由来株と同じ系統(EAI, spoligotype SIT138)に属する人由来株を数株選択し、全ゲノムシークエンシングを行う。これらのデータおよび昨年度までに得られたサルおよびウシ由来株のゲノム配列、全ゲノムバンクに登録されている他の結核菌群菌株の配列を相互に比較・解析し、変異が観察される箇所をリストアップする。取り分け、ゾウおよび人から分離された同じ系統の結核菌間で生じている変異に着目し、人に適応した病原菌が他の動物へ感染したときに起こるゲノム上の変異の概要を掴む。この他、人への指向性が強い菌種の間で保存され、弱い菌種の間で共通して変異、欠損が見られる箇所等に着目し、それらの遺伝子情報を調べて、過去に感染性や病原性との関連性が示唆されている領域をターゲットとして選び出す。 ターゲット配列を人結核型、あるいはM. orygis型に変異させたDNA配列を作製し、リコンビナーゼ含有ベクターへ組み込んだ後、M. bovis BCG株に導入する。遺伝子改変BCG菌株を薬剤含有培地にて選択した後、人由来および牛由来マクロファージに感染させて、その細胞内における生存率とサイトカイン分泌能に与える影響を調べる。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初の予定では、既に分離されていた株のみを用いて解析を行い、2年目以降はゲノム解析とインビトロの試験に移行する予定であった。しかし、スタート時点の計画には入っていなかった共同研究者より複数の検体を譲り受けることができ、その解析を推進したため作業予定が変更となり、予定されていた備品を含む用具や試薬の購入を行わなかった。 当初の計画とは異なった展開となったが、最終目的を達成するための有力な材料を複数確保することができたため、次年度は当初の目的を可能な限り推進すべく、以下使用計画に示した方針で予算を使用していく。 1.遺伝子配列確認用試薬:遺伝子増幅用試薬、シークエンシング用試薬等(全ゲノムシークエンシングを含む)、2.ベクター構築用試薬:ベクター、酵素、抗生物質等、3.変異株作製用試薬、用具:菌株、培地類、培養容器、4.論文発表費、5.検体DNA、試薬等の日本-外国間輸送費、6.必要に応じてディスカッションを設けるための研究協力者の渡航費、以上を予定している。
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