研究課題/領域番号 |
24580497
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研究機関 | 大阪府立大学 |
研究代表者 |
太田 大策 大阪府立大学, 生命環境科学研究科(系), 教授 (10305659)
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キーワード | リグニン / シトクロムP450 / メタボロミクス / 代謝工学 / ゼニゴケ / ヒメツリガネゴケ / 高等植物 / シロイヌナズナ |
研究概要 |
陸上植物の進化過程における最重要イベントの一つは,ケイ皮酸類の重合体として蓄積するリグニン産生能獲得である.リグニン蓄積量は植物バイオマスの20~30%にも達することから,リグニン産生に関わる代謝経路と既存代謝経路の間で,光合成産物を効率的に分配するシステムも進化したことを示唆する.本研究では,リグニン生合成の進化が植物バイオマス生産に及ぼした影響の解明を最終目的とする.研究期間内に高等植物のリグニン生合成能をコケ植物に付与する.光合成産物がリグニン産生に適切に分配される際の代謝動態変化を明らかにし,代謝バランス制御に関わる反応段階と代謝物を特定する.得られた結果を基に,植物バイオマス生産を最適化するための代謝設計に結び付ける. リグニン産生能は維管束植物に限定されており,コケ類はリグニンを蓄積しない.ケイ皮酸類は,芳香族アミノ酸を出発物質とするフェニルプロパノイド経路から分岐するケイ皮酸モノリグノール経路によって生合成される.ケイ皮酸モノリグノール経路は,モデル植物であるシロイヌナズナを用いた研究によって詳細に解明されてきている.ゲノム配列比較から,コケ植物においてもケイ皮酸モノリグノール経路遺伝子が存在することがわかっている.コケ植物がリグニン産生能を持たない理由は,コケ植物がモノリグノール生合成の鍵酵素を欠損していることにあると考えられる.これらの候補遺伝子として,シトクロムP450 CYP98A3 (p-coumaroyl shikimic acid 3'-hydroxylase),およびシトクロムP450 CYP84A(conyferyl aldehyde 5’-hydroxylase)に焦点を当てて実験を行う.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度は,コケ植物であるゼニゴケに,高等植物のモノリグノール経路遺伝子CYP98A3と CYP84をを導入した組換え系統を樹立し,精密質量分析実験によって代謝プロファイル変動を解析した.これらの遺伝子組換えゼニゴケ系統では,フェニルプロパノイド経路からケイ皮酸モノリグノール経路が分岐すると期待される.樹立したCYP98A3形質転換系統,CYP84A2形質転換系統,非形質転換体のメタノール抽出物をOrbitrap質量分析装置によって計測し精密実測質量値から分子式推定と化合物特定を目指した.系統間で6043種類の共通化合物ピークを検出した.主成分分析による比較では明確な代謝プロファイルの違いを認めたが,導入遺伝子の機能特定に結びつくような解析結果は得られなかった.ゼニゴケが蓄積する代謝産物に関する文献情報が殆ど無いため,精密質量データから算出した分子式から二次代謝産物の構造決定に結びつけることが困難であるためである. 平成25年度はゼニゴケMpCYP98Aの酵素機能解析を行った.モノリグノール経路中間体を供給するため,高等植物のモノリグノール経路を再構築した.実験にはシロイヌナズナの4-coumaloyl CoA ligase(4CL), hydroxycinnamoyl CoA:shikimate hydroxycinnamoyl transferase(HCT), CYP98A3 (3'-hydroxylase of p-coumaroyl shikimic acid)を用い,組換え酵素を昆虫細胞系にて発現させた.シロイヌナズナのモノリグノール経路をin vitroで再構成する実験系を構築したが,組換えMpCYP98には,シロイヌナズナCYP98A3が有するp-coumaroyl shikimic acidの水酸化活性は認められなかった.このことがコケ植物のリグニン産生能の欠損理由とも考えられる.
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今後の研究の推進方策 |
すでに,ゼニゴケにシロイヌナズナの CYP98A3と CYP84を導入した遺伝子組換え系統を樹立した.これらの組換え系統についてはOrbitrap質量分析装置によるメタボローム解析実験を行ったが,ゼニゴケにモノリグノール蓄積は認められなかった.今後,GC-MSと LC-MSによる代謝プロファイリングを実施する.まず無菌培養したゼニゴケの中心代謝経路(解糖系, TCAサイクル,アミノ酸)を重点的に解析し,続いて培地に安定同位体標識した芳香族アミノ酸,炭素源(スクロース)を添加し,組換え体と非組換え体の間の代謝動態の変化を比較する.特に,芳香族アミノ酸,フラボノイド,糖代謝に着目する.すでに60種類の単糖と二糖の定量分析が可能なGC-MS分析システムを構築した.また LC-MSでは中心代謝経路に関わる120種類の代謝物を定量する.ゼニゴケは様々なアピゲニンとルテオリンの配糖体を蓄積する.フラボノイド類の標品分析を開始するとともに,ケイ皮酸類の分析条件(ダイナミックレンジ,溶出時間,MSMSフラグメント)を整備する. また,これまでの実験では組換えMpCYP98(ゼニゴケ)と組換えPpCYP98(ヒメツリガネゴケ)は,p-coumaroyl shikimic acidを基質として水酸化反応を触媒することは無かった.そこで,コケ植物CYP98の生理基質を探索するため,ゼニゴケとヒメツリガネゴケのHCT反応において,主としてシキミ酸あるいはキナ酸に関連する芳香族化合物を基質として供給し,これらコケ植物のHCT基質反応性の解明を目指す.
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