研究課題
我々は、多発性硬化症(MS)の病態形成機構の解明に向けた基礎研究を進めている。今年度は、昨年に引き続いて再発寛解型MS患者の網羅的遺伝子発現解析から同定したオーファン核内受容体NR4A2の機能に着目し、MSの動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)の病態形成過程における病原性Th17細胞の機能制御因子としてのオーファン核内受容体NR4A2の機能解析を進めた。新規に樹立したCD4+T細胞特異的NR4A2欠損(NR4A2cKO)マウスのEAE解析から、CD4+T細胞特異的なNR4A2の遺伝子欠損により、Th17細胞機能が顕著に抑制され、初期のEAE病態も有意に軽症化した。興味深いことにNR4A2cKOマウスは、EAE誘導後期に急激な病態の発症が認められ、病態の程度は対象マウスと同程度であった。よってMSの病態モデルとして頻用される、MOGペプチド誘導性のC57BL/6マウスの単相性EAEは、NR4A2依存性の初期病態とNR4A2非依存性の後期病態の2種類の独立した病態からなることが明らかとなった。現在、後期EAE病態形成メカニズムを解析中であり、徐々に詳細が明らかになりつつある。さらにトランスレーショナルリサーチの観点から、この後期EAE病態が、MSのどのような病態を反映するのかについても興味が持たれることから、(独)国立精神・神経医療研究センター病院との連携をはかり、この点についても並行して解析をすすめている。NR4A2cKOマウスは、初期EAEの病態形成過程におけるNR4A2発現Th17細胞の中心的な役割の解明に極めて大きな貢献をしたばかりでなく、新たなEAE病態の手がかりを提供する極めて有用な研究ツールである。とくに後期EAE病態は、NR4A2cKOマウス以外では解析が不可能であることから、この病態を中軸として引き続き研究を進めていきたいと考えている。
1: 当初の計画以上に進展している
MS患者T細胞の網羅的遺伝子発現解析から同定したオーファン核内受容体NR4A2は、当初免疫系との関わりが未知であったが、我々の長年にわたる解析から、自己免疫病態形成に密接に関わるTh17細胞の機能に必須の因子であることが分かり、EAEを用いた解析からNR4A2を標的とした自己免疫病態の改善が期待できることが示された。さらに新規に樹立したNR4A2cKOマウスは、 Th17細胞依存性のEAE病態におけるNR4A2の機能を明確に示したばかりか、NR4A2非依存性のEAE病態の存在を明らかにした。これまでの解析から、このNR4A2非依存性のEAE病態は、既存の病態形成機構の枠内ではとらえることのできない極めてユニークなものであることが明らかになりつつある。よって本年度の研究は、全体を通じて当初の研究計画以上の成果が得られたと考えている。
B6マウスにMOGペプチドを免疫して誘導するEAEは、汎用性の観点からMSの最も一般的な動物モデルとして広く用いられているが、本系における単相性の病態がどのようなメカニズムを背景として発症するのかについては不明のままである。さらにこの単相性のEAE病態が、再発寛解型や難治性の進行型病態などのMSの多様な病態を理解する上でどの程度有効であるのかについても、MSの動物モデルとしてのEAEの存在意義を含めて侃々諤々の議論がなされてきている。B6背景のNR4A2cKOマウスにEAEを誘導することで、NR4A2遺伝子の欠損によるTh17細胞の病原性の顕著な抑制と、初期のEAE病態の有意な軽症化が示され、初期病態におけるNR4A2およびTh17細胞の関与が明確となったばかりか、NR4A2非依存性・Th17細胞非依存性の病態の存在をあぶり出した。この後期の病態は、急性期病態とは質的に全く異なる、慢性(難治性)病態を反映する可能性を示すデータが得られており、これまで手つかずであった新たな中枢神経系の自己免疫病態を解明するための強力な研究ツールを手にしたと考えている。NR4A2cKOマウスのEAE病態の解析を通じて、多様なMS病態の形成メカニズムを明らかにしたいと考えている。
昨年度は、それ以前まで積極的に進めていた遺伝子改変動物の新規導入が一段落し、とくに年度前半においてはこれらの遺伝子改変動物の交配作業を中心に進めた。これは、既存の遺伝子改変動物間で必要な交配を行うことにより、実際の研究目的に則した新規マウス系統を樹立することを目的にしている。この一連の交配作業を経て樹立した新規マウス系統は、年度後半にようやく研究に使用できる状態になった。よって、この期間の試薬類の需要が相対的に低下するとともに、それまで定期的に外部から購入していた、さまざまなマウス系統の新規導入頻度も低下した。これらの理由により、年度内の支出が相対的に減少したと考えられる。マウスなどを使った動物実験の場合、このような中・長期的な支出の波は避けられないが、年度後半で新しい知見が次々と得られつつあることから、年度を通じての研究活動自体には大きな支障はないと考えている。昨年度後半に次々と得られた新しい知見は、今年度までの研究が予想を上回るスピードで展開していることを裏付けている。このことから、今年度にすすめる予定の研究活動には、新たな遺伝子改変動物や新規研究試薬類の導入が必要と考えている。具体的には、現時点で海外のブリーダーから新規遺伝子改変マウス1~3系統の導入と、抗体などの新規の研究試薬類の購入を予定している。さらに今年度は、得られた結果を論文として発表し、その成果を国際学会で発表する予定にしている。よって次年度使用額を含めた予算額は、上記にあげたような今年度の研究活動を行う上で、極めて妥当なものと考えている。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (5件)
PLOS One
巻: 8 ページ: e83036-e83036
10.1371/journal.pone.0083036. eCollection 2013.