研究課題
基盤研究(C)
癌性胸腹水の発症におけるリンパ管小孔への癌転移の意義を調べるため,ヒト58症例(男女比37:21; 平均年齢67.5歳; 胃癌9,大腸癌8,胆道癌7,膵癌7,肝癌4,泌尿生殖器7,肺8,食道3,その他5; 腺癌44,扁平上皮癌7,その他7; 高-中分化型36,低-未分化型22)の剖検例を病理学的に検討した結果,次のことが明らかにされた.(1)癌性胸腹水の有無にかかわらず,胸腔では肺靭帯に,腹腔では横隔腹膜にリンパ管小孔が多数観察された.(2)単変量解析(カイ二乗検定)では左右胸腔いずれにおいても,癌性胸水陽性群では陰性群に比べて,癌の胸膜播種,肺門リンパ節転移,肺靱帯リンパ管小孔転移,静脈角リンパ節転移の頻度が高く,いずれも癌性胸水の予測因子となったが(P<0.05),多変量解析(ロジスティック回帰分析)では肺靱帯リンパ管小孔への転移のみが癌性胸水の独立した予測因子となった(P<0.05). (3)単変量解析では,癌性腹水陽性群では陰性群に比べて,癌の腹膜播種,腹膜侵襲,横隔腹膜リンパ管小孔転移,上腹部傍大動脈リンパ節転移,組織型腺癌,原発性胆道癌の頻度が高く,いずれも癌性腹水の予測因子となったが(P<0.05),多変量解析では横隔腹膜リンパ管小孔への転移のみが癌性腹水の独立した予測因子となった(P<0.05). また,リンパ管小孔転移陽性群では,陰性群と比較して,リンパ管小孔よりも下流に位置する集合リンパ管やリンパ節,胸管,静脈角リンパ節に癌が遠隔転移している頻度が高い傾向が認められた.以上より,リンパ管小孔への癌の転移は,癌性胸腹水の発症に関与していることが強く示唆された.また,癌転移に基づくリンパのうっ滞という病的状況下では,リンパ管小孔からの体腔液の吸収機能は低下しており,漿膜下リンパ管へ到達した癌細胞がリンパ管小孔を介して体腔へ出ている可能性が示唆された.
2: おおむね順調に進展している
ヒトの剖検症例を病理学的に検討した結果,リンパ管小孔への癌の転移が癌性胸腹水の発症に関与していることを明らかにすることができた.
今後はヒトの癌性胸腹水症例の病態を十分に再現しうる実験動物モデルを作製,活用し,生理的・病的条件下におけるリンパ管小孔を介する癌の転移機構の解明に役立てる.この動物モデルの条件として,(1)リンパ管小孔の存在が確認されており,漿膜の機能形態学的特徴や,リンパ管およびリンパ節の解剖学的分布状態がヒトに近い,(2)宿主(モデル動物)の免疫能を損なうことなく,腫瘍が移植可能であり,現実の癌微小環境を再現しうる, (3)腫瘍が転移能を有し,静脈角リンパ節への転移等によるリンパのうっ滞状態を作り出せる, (4)モデル動物の体組織由来の細胞と腫瘍細胞とを明瞭に識別できる,といった特徴を有することが挙げられる.比較解剖学的には,ウサギのリンパ管やリンパ節の発達の程度や分布状態はマウスやラットよりもヒトにより近い性質を備えていると報告されている.また,機能解剖学的には,ウサギの漿膜はマウスやラットよりもヒトに近い性質があることが知られている.以上より,現存する動物モデルの中では,ウサギのVX2同種移植癌モデルが本研究では妥当と考えられるが,漿膜腔の微量のVX2癌細胞を同定するための有用なバイオマーカーが現在のところ存在していない.また,VX2癌細胞は継代移植によって安定的に増殖させることができるが,生体外では不安定でCell line化が極めて困難であることから,通常の細胞培養・遺伝子工学技術を安易に適用できない.この問題点を解決すべく,本研究チームで開発した特殊な技術を用いて,遺伝子工学的にEnhanced Green Fluorescent Protein(EGFP)遺伝子をVX2癌細胞に導入し,継代移植可能なEGFP発現VX2担癌ウサギモデルを作製し,研究に活用する予定である.
(1)安定的に利用可能かつ高品質な状態の,継代移植可能なEGFP発現VX2担癌ウサギモデルを作製するために研究費を使用する.(2)上記ウサギモデルを用いて,生理的・病的条件下におけるリンパ管小孔を介する癌の転移機構を解明するために研究費を使用する.(3)本年度に引き続き,これまでの研究成果を論文にし,査読付き国際的医学雑誌へ投稿するために研究費を使用する.
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