精子形成の過程で、精子核は遺伝情報を次世代へと伝えるために特化した高度に凝集したクロマチン構造をとる。一方、受精の過程で精子核DNAは膨潤し、転写複製に適したクロマチン構造をとる。本研究では精子形成および受精の過程における精子核クロマチンの凝集および膨潤機構を明らかにすることを目的としている。特にアデノウイルスの感染サイクルと精子形成・受精過程の生物学的類似性に着目し、精子核クロマチンの膨潤活性を持つヒストンシャペロンTAF-Iに着目して解析を進めている。 TAF-I KOマウスは、野生型に比べ胎生8.25日目から徐々に成長が遅れ、重度な貧血と未熟な血管形成を示し、胎生12.5日目までに致死であった。受精直後の初期胚発生におけるTAF-Iの機能を解析するために試験管内受精によりTAF-I KO受精卵を得た。cDNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現パターンを網羅的解析したところ、TAF-I KO胚では低酸素応答遺伝子群や解糖系に関連する遺伝子群の発現量が増加していることが明らかとなった。 試験管内受精により得られたTAF-I KO受精卵を胚盤胞まで発生させ、内部細胞塊よりTAF-I KO ES細胞を構築した。TAF-I KO ES細胞は細胞分化を誘導すると、野生型に比べ顕著に細胞増殖速度が低下した。またヒストンシャペロン活性を欠失したTAF-I変異体の発現では、その細胞増殖速度の低下を回復することができなかった。以上の結果から、TAF-Iはヒストンシャペロンとして発生分化過程の細胞増殖速度を維持し、正常な組織の形態および機能の形成に関与すると考えられる。
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