研究課題/領域番号 |
24590346
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
鈴木 健之 金沢大学, がん進展制御研究所, 教授 (30262075)
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キーワード | がん遺伝子 / レトロウイルス / エピジェネティクス / がん分子標的 / 疾患モデルマウス |
研究概要 |
これまでの研究で確立したウイルス挿入変異法を用いて、腫瘍の発症および悪性進展過程に関連する遺伝子群の単離を進めた。その結果、ヒストンおよびDNAのメチル化修飾の制御に関与する酵素群を重要な候補遺伝子として同定した。このようなエピジェネティクス制御機構の異常は、可逆的に元に戻すという治療戦略が考えられるため、新しいがん治療の標的として注目される。現在、がんの発症・悪性化の諸段階においてエピジェネティクス制御因子の果たす役割を解明することを目的として研究を進めている。 ヒストンH3の4番目のLys(H3K4)の脱メチル化酵素KDM5Bは、様々な種類のがんで高発現が見られ、がん細胞の浸潤能を亢進する活性をもつことを以前に報告した。今回、KDM5B酵素が、がん細胞の上皮・間葉転換(EMT)を誘導することを新たに見いだした。KDM5Bの高発現は、EMT誘導に重要な転写制御因子のうち、ZEB1, ZEB2の発現を上昇させた。これは、ZEB転写制御因子の発現を抑制しているmicroRNA-200ファミリーの発現抑制に起因する。KDM5BがmiR-200 遺伝子クラスターの発現制御領域にリクルートされ、ヒストンH3K4me3を脱メチル化する一方、H3K27me3レベルを増加させ、転写抑制的クロマチン構造を誘導することがわかった。さらに、がん細胞株を用いた実験だけでなく、ヒト肺がん組織において、KDM5Bの発現レベルとZEB1, ZEB2の発現レベルの間に、正の相関関係があることが示された。また、H3K27脱メチル化酵素であるJMJD3は、その発現の低下がEMTを促進するが、同様にmiR-200を標的として発現調節を行うことがわかった。すなわち、Bivalentなヒストンのメチル化修飾によるmicroRNAのエピジェネティックな制御が、EMTの可逆的性質に関係している可能性が示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
がん細胞の浸潤、上皮・間葉転換(EMT)、薬剤耐性、低酸素応答などは、がんの悪性化や難治性の本態であり、これらを理解し制御するがんの治療法の開発は極めて重要である。挿入変異の標的として同定したヒストンのメチル化酵素と脱メチル化酵素について、乳がん、肺がん、大腸がんなどさまざまながん細胞株を用いて発現解析を行なった結果、次のような新しい知見が得られつつある。1)がん細胞の運動能・浸潤能に影響を与える3種類の酵素および、EMTに影響を与える4種類の酵素を新たに同定した。2)肺がん細胞株の抗がん剤に対する薬剤耐性に関して、JMJD3酵素の発現抑制が、薬剤耐性獲得を促進することを見いだした。3)がん細胞の低酸素刺激に応答して顕著に発現が変化する新しいメチル化制御酵素を4種類同定した。このように、がんの悪性進展の様々なステップにおいて、ヒストンのメチル化修飾を介する動的クロマチン構造の脱制御が密接に関係することが明らかになりつつある。
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今後の研究の推進方策 |
がんの新しい分子標的の開発のために、より良い標的を探索する研究(ウイルス挿入変異による候補探索)と、有望な標的に注目して掘り下げる研究(エピジェネティック制御因子の解析)を今後も継続していく。クロマチン構造の動的な調節は、様々な生物学的現象に重要であり、その破綻は、疾患の発症と密接に関係する。本課題は、がん細胞の浸潤、EMT、薬剤耐性、低酸素応答など悪性進展の素過程にフォーカスし、ヒストンのメチル化制御の新しい機能を解析するユニークなものであり、既に、独自性のある結果や未発表データが複数得られている。また、ヒストンのメチル化制御とmicroRNAの発現やDNAのメチル化との関係性、すなわち、エピジェネティック制御因子間でのクロストークの発見にも貢献しうる。さらに、DNAのメチル化やヒストンのアセチル化を標的とする既存の抗がん剤に加えて、ヒストンのメチル化制御を標的とする次世代のがん治療薬の開発に対しても、多くの有用な知見を提供していきたいと考える。
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