レトロウイルス感染発がんモデルマウスを用いて、腫瘍の発症および悪性進展過程に関連する遺伝子群の探索を進め、新しい候補としてヒストンやDNAのメチル化修飾に関与する酵素の遺伝子を同定してきた。 ヒストンH3の4番目のLys(H3K4)の脱メチル化酵素KDM5Bは、様々な種類のがんで高発現が見られ、がん細胞の浸潤および上皮間葉転換(EMT)を促進する活性をもつことを既に報告してきた。しかし、KDM5Bの発現をノックダウンしても、TGF-betaなど外部刺激によるEMTの誘導は阻害できないことがわかった。そこで今回、EMTにおいてH3K4と同様に重要なH3K27のメチル化制御に関わる酵素の役割を解析した。PRC2(Polycomb repressive complex-2)は、H3K27のメチル化を担う酵素複合体であり、EZH2メチル化酵素およびSUZ12、EED、RBBP4/7のコアコンポーネントから構成される。私達は、これらの構成因子のうちH3K27me3修飾を認識するEEDタンパク質だけが、TGF-beta刺激によるEMTプロセスで発現誘導されることを見いだした。EEDの発現をノックダウンすると、PRC2のH3K27メチル化活性が低下し、転写抑制的クロマチン構造の誘導が阻害されることによって、EMTに重要なE-cadherinやmicroRNA-200ファミリー遺伝子の発現抑制が解除され、TGF-betaによるEMT誘導がブロックされることが示された。さらに私達は、PRC2コアコンポーネント以外にも、PRC2複合体をクロマチンにリクルートする役割を担うJARID2タンパク質が、TGF-beta刺激によるEMTプロセスで顕著に発現誘導されることを見つけた。JARID2の発現をノックダウンすると、PRC2の標的遺伝子へのリクルートが阻害されて、標的遺伝子の発現抑制が解除され、TGF-betaによるEMT誘導がブロックされることが示された。このように、PRC2によるヒストンH3K27のメチル化の制御が、TGF-betaなどの外部刺激によるEMTの進行に極めて重要であることが示された。
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