D-セリンは脊椎動物の中枢神経においてNMDA型グルタミン酸受容体に結合し、興奮性神経伝達物質として働いている。したがって、脊椎動物の中枢神経にはD-セリン濃度の調節機構が存在していると予想されるがその実態は明らかではない。 X線構造解析により、ニワトリ由来D-セリンデヒドラターゼ(chDSD)が触媒機能を発揮するためには、その活性中心に補酵素PLP(活性型ビタミンB6)だけではなく、亜鉛イオンが必須であることがわかっている。これらの因子のうち、PLPが結合しているアミノ酸残基はN末端側のLys45であり、亜鉛イオンはC末端側のHis347およびCys349である。本研究において、chDSDの興味深いスプライスバリアントの配列を見出した。すなわち、補酵素PLPが結合するLys45を含むN末端側は保存されているが、C末端側の亜鉛イオンの結合ドメインのうちCys349がセリン残基に置換している。このことは、このバリアントがもつ亜鉛イオン結合能が著しく減少する可能性を示唆する。 我々のこれまでの分光学的研究により、EDTA処理により亜鉛イオンを欠いた本酵素は、基質であるD-セリンと結合するものの、その先の脱水反応がおこらないことがわかっている。したがって、このスプライスバリアントはデヒドラターゼ活性を失い、生理的にD-セリン結合タンパク質として機能している可能性がある。現在、大腸菌による発現系を用いてこのスプライスバリアントの機能解析をすすめている。 多くのタンパク質遺伝子にスプライスバリアントが存在し細胞の種類や発生段階に応じて特異的に発現していることが示されている。今後、chDSDの組織特異的なスプライシングの制御機構が明らかにすることは、D-セリン濃度の調節機構の理解を進める上で重要である。
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