研究課題
基盤研究(C)
初年度は、これまで造血幹・前駆細胞の維持に関わることを示してきた種々の遺伝子改変動物による解析を中心に、造血幹・前駆細胞とこれを支えるニッチの機能を、生命活動維持の生理と生体障害の両面から明らかにすることを計画し、thioredoxin (Trx) 過剰発現(Tg)マウス、アリールハイドロカーボン受容体(AhR) 遺伝子欠失(KO)マウス、あるいはコネクシン(Cx)32-KOマウスを用いた個体レベルでの解析を行い、主に以下の成果を得た。1)造血幹細胞分画としての分化抗原陰性c-kit陽性Stem Cell Antigen1(Sca1)陽性(LKS)分画において2’,7’-dichlorofluorescein diacetateの蛍光強度を指標とした活性酸素種(ROS)量を、定常状態の成体(12~20週齢程度)で同腹の野生型由来と比較すると、AhR-KO由来では予想通り2.1倍であった。他方、Trx-Tg由来では予想に反して野生型と差異を認めなかった。但し、過酸化水素処理によって野生型ではROS量が定常状態の約3倍に増加したのに対し、Trx-TgではROS量増加の有意な抑制が観察されている。2)当申請者らが考案したin vivoでの造血幹・前駆細胞特異的細胞周期測定法、BUUV法によるコロニー形成性の造血前駆細胞の静止期分画は、特に未分化な13日目の脾コロニー形成性前駆細胞において、Trx-Tg由来では、BrdUrdの取り込み分画が野生型の0.57倍に留まり静止期分画が大きいのに対して、AhR-KO由来では、BrdUrdを取り込む分画が野生型の1.38倍に増加し静止期分画が小さくなることを明らかとした。なおBrdUrdの取り込み分画の大きさが一定に達する時期には両者とも野生型との差異を認めないことから、静止期分画の成立時期には野生型との差異はないものと考えられた。
2: おおむね順調に進展している
それぞれの遺伝子改変動物を使用するにあたり、自繁による必要最低限の系統維持状態から実験に供するマウスを増産する過程で、緊急に予算配備された飼育室の改装工事(年度内に完了)に対応する必要が生じ、結果として特にTrx-Tgマウスについては、十分な動物数が確保出来なかった。このため、新生児期の造血幹細胞動態の解析については、初年度の計画より遅延している。他方、計画通り、概要に記載した成果に併行して、AhR-KOマウスやCx32-KOマウスの骨髄細胞からセルソータによってLKS分画細胞を単離して、それらの遺伝子発現解析を、同腹の野生型マウスと比較しつつ進めた。また、第2年度計画で予定していたガンマ線の単回照射後のLKS分画における遺伝子発現の変異については、別途進めている骨髄細胞を用いた網羅的遺伝子発現解析で得られている結果を参考に候補遺伝子の選別を進め、それらによる定量PCRを用いた予備検討を済ませた。更に、第3年度計画で予定していた加齢影響の解析については、Cx32-KOマウスの加齢マウス(30ヶ月齢)を用いた予備検討をすすめ、若齢マウスとは逆に、Cx32-KOマウスで造血前駆細胞数が増加することを見出した。これは、Cx32-KOマウスで未分化造血前駆細胞の細胞動態が亢進状態にあることと符合する結果として興味深い。即ち、若齢Cx32-KOマウスでは、BrdUrdの取り込み分画は、BrdUrdの持続標識を行った90日間で漸増し続けて野生型の1.41倍に到達することを明らかにした。なお、このことから、Cx32は静止期分画の成立に直接的な機能を有することが示唆される。以上、一部計画から多少遅延している課題があるものの、計画通りないしは計画より先行している課題もあり、研究計画全体の達成度としては、概ね順調に進展している。
今年度はTrx-Tgマウスの数が確保出来る見通しがたったので、新生児期の造血幹細胞動態の解析に着手する。即ち、ブロモデオキシユリジン(BrdUrd)の母体への投与を含む持続標識後、BUUV法によって、生後3, 5, 8週齢での造血幹・前駆細胞の静止期分画の確立過程を経時的・定量的に測定する。また、比較的長期にわたる当該分画の経時変化の観察を行い、AhR-KOマウスやCx32-KOマウスと異なり、短期標識期間中では、BrdUrdの取り込み分画が少なく細胞回転が抑制されている状態が、定常状態では長期間維持されるのかの如何について検討する。また、既に一部先行して予備検討を進めている2年度計画の、電離放射線やベンゼンといった生体異物の曝露による酸化的障害誘発条件下での造血幹・前駆細胞やその支持組織の細胞生物学的・分子生物学的解析に取り組む。
本研究の申請時の準備状況等の項に記載した通り、必要な備品はほぼ整っている。消耗品費としては、LKS分画の分取や解析、あるいは造血前駆/支持細胞の解析に関わる試薬類や使い捨ての器具類、自繁の為の交配用ないしは遺伝子改変動物を用いない野生型のみの実験の為のマウスの購入及びその飼育維持費などに充てられる。また適宜、成果の発表の為の国内外での研究集会への参加費を計上しているもので、全体的に妥当な内容と考えられる。
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Exp Biol Med (Maywood)
巻: 237 ページ: 1289-1297
10.1258/ebm.2012.012158
巻: 237 ページ: 279-286
10.1258/ebm.2011.011303