研究課題/領域番号 |
24590480
|
研究種目 |
基盤研究(C)
|
研究機関 | 滋賀医科大学 |
研究代表者 |
井上 寛一 滋賀医科大学, 医学部, 准教授 (30176440)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
|
キーワード | Cyclin D1b / トランスジェニックマウス / 直腸腫瘍 / SSA/P / 腺癌 |
研究概要 |
Cyclin D1bトランスジェニック(Tg)マウスの直腸腫瘍発生機構を解析し以下の成果を得た。 (1) Cyclin D1b-Tgマウスでは雌の63%(15/24)に直腸腫瘍が発生することを見出した。これらの腫瘍について病理学的解析を行なったところ、全ての腫瘍でヒトの鋸歯状腺腫(Sessile serrated adenoma/polyp, SSA/P)にみられる病理像が認められた。また、これらの腫瘍のうち53%(8/15)には腺癌(Adenocarcinoma)も認められた。これらの結果から、Cyclin D1bはin vivoでの癌発生に重要な役割を果たしていると考えられる。また、このTgマウスはSSA/Pの発生、SSA/Pから腺癌への移行を病理学的、および分子生物学的に解析するための優れたモデル系になると考えられる。 (2) 雌特異的直腸腫瘍発生における性ホルモンの影響を検討するために雌Tgマウスに卵巣切除手術を施したところ、直腸腫瘍発生が完全に抑えられた(0/10)。また雌Tgマウスの直腸腫瘍部では野性型(Wild-type)マウスの直腸部に比べてエストロゲンレセプターβの発現が増加していた。これらの結果から、このTgマウスの雌特異的直腸腫瘍発生にはエストロゲン/エストロゲンレセプター系が関与していると考えられる。 (3) Tgマウスの直腸腫瘍部におけるB-raf, K-ras 遺伝子のホットスポット点突然変異は見出されなかったが、腫瘍部においてErkのリン酸化が増加していることを見出した。また、腫瘍部から樹立した癌細胞株にsiRNAを用いてcyclin D1bの発現を抑えると、癌化形質の発現とErkリン酸化も抑制されることを明らかにした。この結果からcyclin D1b-Tgマウスにおける直腸腫瘍発生にはErkの活性化が重要な役割を果たしていると考えられる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々は雌特異的に高頻度(約60%)で直腸腫瘍を発生するCyclin D1b Tg マウスの樹立に成功した。これらの腫瘍について病理学的解析を行なったところ、全ての腫瘍でヒトの鋸歯状腺腫(Sessile serrated adenoma/polyp, SSA/P)にみられる病理像が認められ、さらにこれらの腫瘍のうち53%には腺癌(Adenocarcinoma)も認められた。これらの結果から、この悪性の腺癌はSSA/Pから生じていることを明らかになった。このTgマウスはSSA/Pの発生、SSA/Pから腺癌への移行をさらに分子生物学的に解析するための優れたモデル系になると考えられる。発生した腫瘍組織の解析から、Cyclin D1b-Tgマウスにおける直腸腫瘍発生にはB-RafやK-Rasの変異を伴わないErkの活性化が重要な役割を果たしていることもわかった。また、このTgマウスの雌特異的直腸腫瘍発生にはエストロゲン/エストロゲンレセプター系が関与していることも明らかにした。今年度に明らかにしたこのような結果は、研究目的にあげた新しい経路での大腸直腸癌発症のモデル動物の確立、およびこの実験系を用いたD1bの役割、発症病理、分子機構の解明という観点から、研究が順調に進展いると評価できる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、平成24年度の成果をふまえて下記のような方針で研究を進めてゆく。 (1) Cyclin D1b-Tgマウスの直腸腫瘍組織の病理学的および分子生物学的解析:D1b-Tgマウスの肛門部に発生した腫瘍組織に対して抗D1b抗体、抗Ki67抗体やTUNEL法による免疫染色を行うことによってD1b発現組織におけるD1bの作用と細胞増殖やアポトーシスとの関連を明らかにする。また、 Cyclin D1bによるErk活性化の分子メカニズムを明らかにする。 (2) D1b-Tgマウスから樹立した腫瘍細胞株の分子細胞生物学的解析:Cyclin D1b-Tgマウスで発生した直腸腫瘍(adenocarcinoma)から腫瘍細胞株をすでに樹立しているが、これらの細胞株にD1b特異的siRNAを導入することによって、in vivoの造腫瘍能、転移能、in vitroの足場依存性増殖能、細胞増殖能などの癌化形質とD1bの関連、およびD1bによるErk活性化の分子機構を明らかにする。 (3) D1b-Tgマウスを用いた新しい治療法の検討:平成24年度の実験によって明らかになってきたD1bの標的分子や腫瘍発生に関与するシグナル経路(Erkやエストロゲンなど)に対して阻害的に作用する薬剤、あるいはsiRNAなどを腫瘍を発生したTgマウス、あるいは腫瘍細胞を接種したヌードマウスなどに処理することによって治療法としての有効性を検討する。 (4) ヒト大腸腫瘍発生におけるcyclin D1bの役割の検討:ヒト大腸癌細胞株や大腸腫瘍組織(SSA, Adenocarcinomaなど)におけるCyclin D1b mRNAおよびD1b蛋白の発現をRT-PCR, in situ hybridyzation,Western blot法、免疫染色法、Duolinkin situ PLA法などによって検討する。
|
次年度の研究費の使用計画 |
研究遂行に必要な設備、備品についてはほぼ整備されているので、研究費の大部分は実験のための消耗品(試薬類,実験動物、プラスチック類)に使用する。特に免疫染色法、ウェスタンブロッティング法や蛍光抗体法による解析には多くの特異抗体が必要になる。また、この研究計画の遂行に必須の遺伝子改変マウスの維持、交配、解析やin vivo腫瘍形成を解析するヌードマウスなど動物実験にも使用する。その他に、研究成果の学会での発表、International Journal への投稿、出版のための費用(英語論文の校閲、印刷費)にも使用する予定である。
|