研究課題/領域番号 |
24591047
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
新谷 理 名古屋大学, 医学(系)研究科(研究院), 講師 (20309777)
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研究分担者 |
室原 豊明 名古屋大学, 医学(系)研究科(研究院), 教授 (90299503)
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キーワード | 国際情報交換 / 拡張不全心 / 脂肪組織由来間葉系前駆細胞 / M2マクロファージ / 抗炎症作用 / プロスタグランジンE2 |
研究概要 |
心不全急性増悪のため入院となる患者の約40%が左室収縮能が保たれた拡張機能障害であることが、近年の登録研究より明らかとなった。現在、収縮能が保たれた拡張不全心患者における標準的治療は確立しておらず、新たな治療法の開発が望まれる。我々はこれまで体性幹・前駆細胞移植を用いた再生医療の開発研究に従事してきた。これら細胞移植による治療効果は、移植細胞から放出される様々なサイトカインによるパラクライン効果である。特に、皮下脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRCs: adipose-derived regeneration cells)移植は、実験動物モデルにおける血管新生やリンパ管新生の増強のみならず、骨髄から末梢血中へ抗炎症作用のあるM2マクロファージ動員を惹起することが、我々の検討から明らかとなった。つまり、拡張不全型心不全患者へのADRCsを用いた細胞治療は、抗炎症作用を介した心筋繊維化の抑制により心筋スティフィネスが低下することが期待される新たな治療戦略といえる。 マウスADRCsを培養すると、骨髄単核球細胞と異なり、血管内皮細胞ではなく平滑筋細胞へと分化した。ADRCs培養液中には、VEGFやSDF-1といった血管新生増強サイトカインのみならず、M2マクロファージへの極性転換を起こすプロスタグランジンE2(PGE2)が多く含まれることが確認された。ADRCsから放出されたサイトカインは、血管内皮細胞の遊走能の亢進や虚血状態におかれた細胞アポトーシスの抑制のみならず、虚血骨格筋における炎症細胞の浸潤抑制効果がある事が明らかになった。 また、厚生労働大臣より臨床試験実施承認が得られているADRCs移植による血管新生療法を行った2例の膠原病患者に、比較的良好な結果が得られていることも、ADRCs移植特有の抗炎症作用と考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、拡張不全型心不全患者への再生医療的アプローチによる新規治療法の開発であり、左室の能動的弛緩の低下と左室内腔スティフィネスの受動的上昇が拡張不全を来す2つの主たる病態であることを理解することが重要である。皮下脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRCs)移植は、肥厚した心筋での毛細血管網の発育により相対的虚血を軽減させるばかりか(血管新生効果)、形質転換されたM2マクロファージから放出された抗炎症性サイトカインを介する心筋繊維化の抑制が期待され、拡張能障害と言った特殊な病態に対する新たな治療戦略と成り得る。 本年度、我々は、ADRCsから放出されるサイトカイン、特にプロスタンジンE2を介する抗炎症作用についての検討を行った。ウサギ片側下肢虚血モデルを用いた血管新生増強効果については、骨髄単核球細胞移植との間に差は認めなかったが、プロスタンジンE2により極性転換を起こしたM2マクロファージがIL-10を放出することにより引き起こされる抗炎症効果は、ADRCs移植された虚血骨格筋でより強くみられた。また、ADRCs移植による血管新生増強効果は、IL-10中和抗体の投与により消失することからも、両細胞移植における炎症制御効果に明らかな違いがあるといえる。 また、本年度よりADRCs移植による重症虚血肢に対する血管新生療法の臨床導入を開始した。特に、膠原病に伴う末梢血管障害へのADRCs移植による血管新生療法では、治療早期よりむしろ半年経過してからの側副血行の発達が著明であり、比較的良好な治療効果が得られている。これら臨床経過は、自己骨髄単核球細胞移植による血管新生療法ではみられておらず、ADRCs移植による抗炎症作用かもしれない。
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今後の研究の推進方策 |
左室収縮能が保たれた拡張不全心患者に高血圧の合併が多いことが、最近の心不全に対する登録研究から明らかになってきた。高血圧による左心室への圧負荷は、細胞間質の繊維化を伴う左心室壁の肥厚を来たすことより、柔軟性の低下や壁運動の進展抑制が起こり、心不全症状が増悪していく。様々なガイドラインにおいても、これら潜在的心不全の病態を的確に判断し、早期からの治療介入の重要性が説かれている。我々は、脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRCs)移植による血管新生およびリンパ管新生増強効果、さらには抗炎症作用に着目し、再生医療学的アプローチによる拡張不全心への治療戦略に挑む。 大動脈狭窄(TAC)による圧負荷肥大心モデルを用いてADRCs移植による心不全進展抑制効果を評価する。本モデルは、心室壁肥厚による拡張能障害に引き続き左室収縮能低下が起こるモデルであり、心エコー図による左心室機能評価やミラーカテーテルによる血行動態検査、免疫染色法による毛細血管新生およびリンパ管新生増強効果や心筋線維化抑制効果、さらに、移植細胞の障害心筋での分化能やサイトカインを介する骨髄からの幹/前駆細胞(EPCやM1/M2マクロファージ)の動員などの評価が可能である。我々のこれまでの検討より、肥大心筋組織に移植されたADRCsから放出されたPGE2が、障害心筋へ浸潤したマクロファージの極性変化を引き起こし、心筋繊維化を減少、つまり左心室のスタフィネスの改善をきたす新たな心不全発症予防の治療戦略となる可能性は高い。
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次年度の研究費の使用計画 |
大動脈狭窄によるマウス圧負荷肥大心モデルを用いて、脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRCs)移植による抗炎症作用を介した心不全抑制効果の検討を行う予定であったが、ADRCsと骨髄単核球細胞とのin vitroにおけるサイトカイン分泌能・遊走能・アポトーシス抑制能やウサギ片側下肢虚血モデルを用いた血管新生増強効果・虚血骨格筋での抗炎症効果等を行なったため、マウス圧負荷肥大心モデルの確立までしか出来なかった。 上述の如く、ADRCs移植による圧負荷による心肥大抑制効果を検討するために、心エコー図、免疫染色法、ミラーカテーテルによる血行動態検査を行ない、TACによる心肥大マウスモデルを確立させる。実験動物費および飼育費、心エコー図やミラーカテーテル検査時に使用する消耗品費、組織標本作成試薬、免疫染色試薬を計上する。さらに細胞機能評価試験やサイトカイン分泌評価のため必要試薬を計上する。H26年度は、基礎研究結果のみならず、臨床試験における虚血組織における抗炎症作用についても検討し、これら研究成果を国際学会で報告予定である。旅費、学会参加費を計上する。
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