研究課題/領域番号 |
24591170
|
研究機関 | 独立行政法人国立国際医療研究センター |
研究代表者 |
岡本 竜哉 独立行政法人国立国際医療研究センター, ICU・CCU・HCU管理室, 医長 (30419634)
|
研究分担者 |
藤井 重元 東北大学, 医学系研究科, 助教 (00325333)
|
キーワード | 急性呼吸窮迫症候群 / 8-ニトロcGMP / 硫化水素イオン / 生体内ポリスルフィド / インフルエンザウイルス肺炎 / グルタチオン / システイン / 安定同位体希釈質量分析法 |
研究概要 |
急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome, ARDS)は極めて死亡率の高い呼吸器症候群である。我々は、インフルエンザウイルス(A/H2N2/Kumamoto/67)感染マウスモデルを用いてARDS病態の解析を行ってきた。その結果、活性酸素(ROS)や一酸化窒素(NO)の過剰な産生(酸化ストレス)に依存して、NOの2次シグナル分子cyclic GMP(cGMP)のニトロ化体である8-ニトロcGMPが、主にウイルス増殖の場である気道上皮細胞において産生されることを免疫組織染色法を用いて明らかにした。さらに8-ニトロcGMPは、細胞内蛋白質のチオール基にcGMPを付加するユニークな翻訳後修飾(S-グアニル化)を介して、ヘムオキシゲナーゼ1などの酸化ストレス応答因子の誘導に関わるシグナル分子として機能し、生体防御機能を発揮することも明らかにした。従って、8-ニトロcGMPの低下をもたらす病態環境は、酸化ストレス応答の抑制を介しARDSの重症化に寄与する可能性が示唆されるが、最近我々は、8-ニトロcGMPの代謝経路を解析する過程で、硫化水素イオン(HS-)およびその関連化合物が8-ニトロcGMPを消去する現象を見いだした。硫化水素はシステイン(Cys)分解の過程でcystationine β-synthase(CBS)やcystationine γ-lyase(CSE)により内因性に産生され、また消化管内では嫌気性菌によって多量に産生されることが知られている。重篤な病態下においては、蛋白異化亢進に伴なうCys分解、腎排泄の障害、細菌による産生などが相まって血中濃度が増加する可能性が考えられる。本研究においては、HS-およびその関連化合物の生体内濃度を独自に開発した安定同位体希釈法・質量分析法を用いて測定し、ARDS重症化の新しいバイオマーカーとしての有用性と新たな治療戦略の開発に向けた基盤的研究を推進する。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、HS-およびその関連化合物を高感度・特異的に定量分析する安定同位体希釈法・質量分析法を開発した。具体的には、細胞・組織破砕液や血漿といった生体試料にチオール反応試薬であるmonobromobimane(MBB)を加え、遠心分離上清中に含まれるMBBとHS-のアダクトであるBis-S-bimane、CysやGSH(還元型グルタチオン)、およびそのポリスルフィド体であるシステインパースルフィド(CysSSH)やグルタチオンパースルフィド(GSSH)等のMBBアダクト(CysS-bimane、GS-bimane、CysSS-bimane、GSS-bimane)を液体クロマトグラフィー質量分析器(LC-MS/MS)にて測定した。それぞれの安定同位体(Bis-[34S]-bimaneなど)を外部標準として添加・同時測定し定量性を確保した。その結果、生体内においては、CBS・CSEの酵素活性に依存して、食事中に含まれるメチオニンから作られるシスチン(CysSSCys)を基質として、HS-ではなくCysSSHが産生されること、さらにCysSSHは、細胞質内に多量に存在するGSHと反応しGSSHへと変換されることがわかった。実際、種々の培養細胞の細胞質内および健常マウスの血漿や主要臓器中には非常に高い濃度(GSHの5%程度に相当する10-100μMのGSSHレベル)のポリスルフィド体が存在することなどが明らかとなった。さらにin vitroの解析にて、GSSHは8-ニトロcGMPを消去し8-SH-cGMPを生じることがわかった。実際、マウスの臓器内にはcGMPに匹敵あるいはこれを上回る量の8-SH-cGMPが存在しており、また細胞に炎症刺激を加えることによっても8-SH-cGMPが増加することを見いだした。インフルエンザウイルス感染マウスの解析では、肺組織破砕液中でCysやGSHが減少するとともにCysSSHが増加し、一方血漿中のCysSSHは減少することが予備実験にてわかった。以上より、インフルエンザ肺炎の肺局所でポリスルフィド体が産生され、ARDSの病態や酸化ストレス応答に関連している可能性が示唆された。
|
今後の研究の推進方策 |
A. 動物実験:平成25年度で得られた解析データをもとに、引き続きインフルエンザウイルス感染マウスの肺組織破砕液中や血漿中のポリスルフィド体(CysSSHやGSSH)レベルの解析を継続する。ポリスルフィド体の産生に伴い8-ニトロcGMPの消去とこれに伴う8-SH-cGMPの増加が予想されるが、これを本動物モデルを用いて検証する。またGSSHは、8-ニトロcGMPと反応するのみでなく様々な蛋白質のチオール基と反応しポリスルフィド化するといった現象をin vitroの反応系にて見いだした。そこで、ビオチンスイッチ法を応用したプロテオミクス手法を用いてインフルエンザ肺炎マウスの生体試料を解析し、ポリスルフィド化の標的蛋白質の同定と機能変化を解析する”ポリスルフィドミクス”研究を展開する。 B. 臨床研究:酸化ストレスバイオマーカーの研究用として、すでに書面にてinformed concentを得た上で集積・保存しているARDS症例(新型インフルエンザウイルス、高病原性鳥インフルエンザウイルス感染症を含む)の血漿サンプルを用いた後向き研究として、マウスで行ったものと同様、血漿中のHS-およびポリスルフィド体の定量解析を行う。これによって、血中HS-およびポリスルフィド体濃度が、ヒトのARDSの重症化のマーカーとして有用である可能性が示唆されれば、明確なプロトコールを設定し、前向きの症例集積検討を行う。ARDSの診断基準はベルリン定義(JAMA 2012)に基づき、ICU入室日、発症日から数えて7, 21日目の血漿と様々な臨床データ(病歴、基礎疾患、ヘモグラム、炎症所見、血液生化学、血液ガス、胸部画像所見など)を、書面にてinformed concentを得た上で血漿サンプルや臨床データを集積し、前項と同様の解析を行う。
|
次年度の研究費の使用計画 |
当初は、HS-が直接インフルエンザウイルス感染肺局所や腸管内で生じ、ARDSの病態形成に寄与しているとの仮説を立てていたため、HS-ドナーをモデル動物に投与することで病態が増悪するか否か、またHS-を消去する薬剤により治療効果が得られるかを解析する予定であったが、研究の結果、HS-ではなく低分子ポリスルフィド体が生じていることが明らかとなった。そこで予定していた動物モデル解析を一部変更したため、次年度使用額が生じるに至った。 そこで今後は低分子ポリスルフィド体がARDS病態にどのような役割を果たしているのかを解析する予定である。LC-MS/MS関連試薬として900(千円)、電気泳動関連試薬(Western blot、プロテオミクス用試薬など)として400(千円)、抗体関連(免疫染色・免疫沈降用抗体など)として400(千円)、動物実験(マウス購入)として500(千円)、学会発表旅費や論文関連として200(千円)といった使用を予定している。
|