研究課題
基盤研究(C)
悪性中皮腫では70-80%の症例において、p14およびp16遺伝子がコードされているINK4A/ARF領域が欠損し、一方がん抑制遺伝子p53は野生型を示すという特徴的な遺伝子変異を示している。この結果、p14分子の機能欠損によりp53蛋白の機能が消失し、またp16分子の機能欠損によってCDK 4/6が活性化し、そのためがん抑制遺伝子産物であるRb蛋白が継続的にリン酸化されて、細胞周期が亢進している。すなわち、悪性中皮腫では2つの重要ながん抑制遺伝子の機能が障害を受けており、このことは悪性中皮腫が抗がん剤に耐性であることと関連している。そこで本研究では、p53経路の機能回復によって、悪性中皮腫に細胞死を誘導し、抗がん剤に対する感受性回復の可能性について検討する。このため、p53遺伝子を発現しうる非増殖型のアデノウイルスベクター(Ad-p53)を用いて、p53の遺伝子型が異なる複数のヒト悪性中皮腫細胞株を対象に、当該ウイルスが有する細胞傷害活性を検討した。その結果、上記ウイルスは当該腫瘍細胞に対して殺細胞効果を有しており、その効果がp53の遺伝子型によらず、むしろタイプ5型のアデノウイルス受容体であるCAR(coxsackie adenovirus receptor)分子の発現によって規定されていた。また、同ウイルスの細胞死について検討したところ、caspase-8の分解が検出されたが、caspase-9は分解されず、外因性のアポトーシスが生じていることが示された。また細胞周期等を検討すると、経時的にsub-G1分画の細胞が増加し、Ad-p53感染細胞ではp53分子のリン酸化、Rb蛋白の脱リン酸化が検出され、またp53経路の下流に存在するp21等の遺伝子発現が増加した。このことはp53経路の活性化が、悪性中皮腫の細胞死に直結していることを意味している。
2: おおむね順調に進展している
当初予定していた5種類の細胞以外に、新たに3種類を追加し、合計8種類のヒト悪性中皮腫細胞株を対象として、Ad-p53を感染させ、当該ウイルスの細胞傷害活性を検討し得た。使用する細胞株に関しては、p53遺伝子のダイレクトシークエンスを実施し、その結果6種類が野生株であり、2種類が変異株であることを確認しており、またp53遺伝子が野生型の6種類の細胞のいずれもが、p14およびp16遺伝子の欠損ないしは発現が消失していることを確認した。その上で、細胞傷害活性をWST法あるいは、トリパンブルー染色によって検討し、IC50値を算出した。対照としてはbeta-galactosidase遺伝子を発現する、同じタイプ5型のアデノウイルスを用いた。また各細胞におけるCAR分子の発現をフローサイトメトリーで検討したところ、NCI-H2052細胞のようにCAR低発現の細胞では、Ad-p53による殺細胞効果は著しく低かった。しかし、当該細胞が抗がん剤に対しては他の細胞と同様な感受性を示すことから、ウイルス感染効率によって、細胞傷害活性が影響を受けることを示している。さらに、細胞死について、ウエスタンブトット法による解析を実施し、外因性のアポトーシスがその本体であることを明らかにしている。このときdeath receptorであるFADあるいはDR5分子の発現が向上していたことより、外因性経路の亢進による細胞死であることを確認できた。一方、オートファジーによる細胞死の関与については十分なる検討ができていないので、これについては次年度で検討を行う。本研究によって、p53経路を活性化するだけで、Rb蛋白の脱リン酸化が誘導されることが示され、このことは同経路が悪性中皮腫にとって最適な治療ターゲットであることを示唆している。
悪性中皮腫における細胞死誘導に、p53経路の活性化が重要であること、しかも同経路の活性化が、もう一つのがん抑制遺伝子であるRb蛋白の機能を、p21分子の発現上昇によって回復できること、について明らかになった。これは特異的な遺伝子欠損を有する悪性中皮腫の治療にとって、p53経路の活性化が治療標的として適格であることを示している。そこで、AdのE1A分子がp53分子の発現を誘導し、かつAdのE1B分子がp53分子と結合しその機能を不活化できることから、E1B領域内で分子量55kDaをコードする遺伝子のみ欠損させたAd(E1A分子の発現が可能)を作製し、これを用いてAd-p53と同様に、p53経路の活性化によって細胞傷害活性が惹起できるかどうかを検討する。また、悪性腫瘍に伴う高カルシュウム血症の治療薬として使用されているビスフォスフォネートについても、悪性中皮腫に対して抗腫瘍効果があるかどうかを検討する予定である。それは、同薬剤は直接的に骨組織に作用する以外にも、低分子G蛋白の細胞膜への結合を阻止できることから、腫瘍細胞に対する殺細胞効果も期待でき、このときp53経路の活性化が関与している可能性があるからである。
Ad-p53ウイルスの作製とその細胞傷害活性の解析が順調に進行したため、当該ウイルス作製費用に余裕が生じた。そこで、E1B・55kDa分子を欠損させたウイルスの作製に、その費用の一部使用して、研究の進展を図ることにしている。ウイルスの精製等に必要なキットをはじめ、p53遺伝子に対するsiRNA作製費用、その他の分子生物関連の試薬、細胞培養関係の製品と培養液、各種蛋白質発現のために抗体やウエスタンブロット関連試薬、抗がん剤やビスフォスフォネート等の医薬品、また必要に応じて動物実験用のマウス、などの物品購入等に使用する。
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