研究課題
悪性中皮腫の臨床検体の多くで、p14およびp16遺伝子がコードされているINK4A/ARF領域が欠損し、一方でがん抑制遺伝子p53は野生型であるという特徴的な遺伝子変異を示している。したがって、悪性中皮腫においては、p14分子の機能欠損によりp53経路機能が消失し、またp16分子の機能欠損によってpRb蛋白が恒常的にリン酸化され、細胞周期が亢進する結果となっている。そこで、本研究では、p53経路の機能回復によって、細胞死誘導が起こるかどうかを、E1B領域にコードされ分子量55kDaの分子を欠くアデノウイルス(Ad-E1B55del)を使用して検討した。Ad-E1B55delを5種類のヒト悪性中皮腫細胞に感染させると、CAR(coxsackie adenovirus receptor)分子が低発現の細胞を除いて、WST法による細胞傷害活性が検出された。この結果をトリパンブルー染色によるdye exclusion法で細胞生存率を検出すると、ウイルス感染後2日目までは非感染細胞を同様であったが、その後細胞増殖や生存率は低下し、感染後8日になると完全に細胞が死滅していた。また、Ad-E1B55delと、悪性中皮腫の第一選択薬であるシスプラチンあるいはペメトレキセドと併用し、その殺細胞効果を解析すると、両者は相乗効果を示すことが明らかになった。さらに、細胞死に関わる分子の発現をウエスタンブロット法で検討すると、当該ウイルスの感染によって構造蛋白の合成は始まり(当該ウイルスは増殖型ウイルス)、p53蛋白のセリン15および46番目のリン酸化、それに引続くp53蛋白の発現上昇、pRb蛋白の脱リン酸化が検出された。また、同ウイルスの細胞死について検討したところ、caspase-8の分解が検出されたが、caspase-9はごく弱く分解されるのみで、外因性のアポトーシスが生じていることが示された。
2: おおむね順調に進展している
悪性中皮腫細胞でp53遺伝子が正常型の5種類の細胞にAd-E1B55delを感染させ、当該ウイルスの細胞傷害活性を検討し得た。その他、p53遺伝子が変異型の細胞もあるが、p53経路の解析が同細胞では難しいので、Ad-E1B55delに対する感受性は検討していない。WST法によるミトコンドリア経路の代謝系の測定と、細胞膜のintegrityを検討するトリパンブルー染色の結果は、必ずしも一致せず、ウイルス感染によって細胞が非接着性となるが、細胞膜のintegrity消失は比較的時間がかかるプロセスである。CAR分子が低発現の細胞の場合、細胞傷害活性が低いが、必ずしもCAR分子の発現レベルだけによってウイルスによる同活性が規定されるものではなく、細胞死に対する感受性も影響を与えるはずである。細胞死は外因性のアポトーシスが中心で、ウエスタンブロット法による解析から、オートファジー経路の関与はないと考えられる。細胞周期も検討したところ、sub-G1分画の上昇は時間経過とともに観察されたが、同分画の増加前に、4N以上の分画(hyperploidy)が増加していた。これは細胞分裂の停止の可能性もあるが、ウイルス増殖のよる影響とも想定される。なお、Ad-E1B55delの作製と精製は前年度から開始していたので、本年度は順調に実験を進めることが可能であった。骨粗鬆症等の治療薬であるビスフォスフォネートを用いて、悪性中皮腫細胞に対する殺細胞効果も検討した。特に窒素を含む第三世代の同薬剤を使用すると、膵がんなど他の腫瘍に比較して、低濃度で細胞死誘導されていた。この細胞傷害活性はp53遺伝子が変異型であっても、同様に誘導されており、p53経路のアポトーシス以外の経路の活性化が考えられる。
悪性腫瘍に伴う高カルシュウム血症の治療薬として使用されているビスフォスフォネートは、直接的に骨組織に作用する以外にも、低分子G蛋白の細胞膜への結合を阻止できる。おそらく、腫瘍細胞に対する殺細胞効果はこのプレニレーション(細胞質から細胞膜へ移行に必要な過程)阻害によるものと推定されるが、このときp53経路の活性化が関与している可能性がある。したがって、当該試薬を使用したときにp53経路が活性化するかどうかを、ウエスタンブトット法により、p53蛋白のリン酸化、p53分子の標的であるMDM2、p21あるいはp27分子の発現上昇等で検討する。さらにp53をノックダウンした場合の細胞傷害活性についてもsiRNAを用いて検討する。また、細胞死に関わることから、外因性・内因性のアポトーシス経路の関与についての解析、細胞周期の変化の検出等を実施する。研究の進行状況にもよるが、ビスフォスフォネートとAd-E1B55delあるいはp53遺伝子を発現するAd-p53との併用効果について検討する。
ウイルス作製費用は、ほとんど必要がなく、また一般試薬はこれまでの研究の残余分を使用した。本年度はp53遺伝子に対するsiRNA購入費用とsiRNA導入キット、その他の分子生物関連の試薬、細胞培養関係の製品と培養液、各種蛋白質発現のために抗体やウエスタンブロット関連試薬、抗がん剤やビスフォスフォネート等の医薬品、また必要に応じて動物実験用のマウス、などの物品購入等に使用する。
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