研究概要 |
造血幹前駆細胞の転写調節因子であるPRDM16(PRD1-BF1-RIZ1 homologous domain containing 16, MEL1)は造血幹前駆細胞の構築、維持に重要な因子であり、PDDM16欠損マウスは幹前駆細胞のアポトーシスが誘導され、正常な造血細胞プールを維持できない。その一方で、PRDM16が過剰に発現すると骨髄増殖性疾患を惹起する。この造血幹前駆細胞を制御するPRDM16の遺伝子変異により急性骨髄性白血病を発症する。我々はこの白血病細胞の分化制御を規定するPRDM16の生理的インヒビターLR11を発見し、この転写因子が幹細胞に発現するとともに、急性白血病で異常発現していることを見出した。また更に可溶型LR11が急性白血病で高値であること、また白血病細胞株に可溶型LR11を添加すると細胞の遊走能、接着能が増強することを我々は報告している。LR11が白血病発症機序、進展機序にどのような役割を果たしているのかを明らかにするために、白血病の発症機序に関連する種々の転写因子の発現変化に着目した。GATA転写因子群に属するGATA-1,2,3は血球系GATA因子と呼ばれ、赤血球や巨核球(GATA-1)、造血幹細胞(GATA-2)、Tリンパ球(GATA-3)に発現していることがわかっている。GATA1遺伝子の変異はダウン症児における巨核球性白血病に特異的に関わる遺伝子として、GATA2変異も白血病や骨髄異形成症候群の発症機序に関わることが明らかとなっている。Wilms腫瘍遺伝子WT1は、白血病や種々の固形がんで高発現しており、これらの疾患においてWT1遺伝子はOncogenicな機能を果たしており、白血病の発症、進展に重要な役割を果たしている。我々は可溶型LR11を白血病細胞株に添加し、これら転写因子の発現とその調節機構について検討を行うこととした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
G-CSFは培養白血病細胞のLR11 mRNA発現を低下させPRDM16のmRNA発現することを明らかにした。またPRDM16の発現が報告されているMLL白血病症例でのmRNAの発現を検討したが、発現が非常に弱く評価困難であった。そのため我々は、難治性白血病で活性化する遺伝子として知られているEvi1遺伝子のmRNA発現を更に検討した。7症例で検討を行ったところ、LR11高値症例ではEvi1発現が低下している傾向が認められた。 さらに、急性白血病で血清可溶型LR11が上昇しているが、発症時高値であるほど寛解に到達しない、つまり悪性度が高いという知見を我々は臨床症例解析から得ている。以上を踏まえ、可溶型LR11を細胞に添加し、腫瘍メカニズムに関連する転写因子GATA1, 2, WT1の発現を検討した。可溶型LR11をK562に添加し、継時的にGATA1, 2, WT1遺伝子の発現変化を検討した。コントロールメディウムを添加した群に比し、可溶型LR11を添加したK562細胞では、4時間後をピークとしてGATA1, 2の発現上昇とともにWT1の発現も上昇することを確認した。しかしながら、他の白血病細胞株(HL-60, U937, TF-1, HEL等)を用い、同様の検討を行ったが、K562と同様にGATA1, 2, WT1の発現上昇は確認できておらず、更に実験系の検討が必要である。 また白血病症例の骨髄検体を用い、血清LR11高値症例でWT1,GATA1, 2の発現をreal time PCRで確認しその相関を検討した。血清LR11高値症例でこれら転写因子の発現が高い症例も確認できたが、強い相関は認められなかった。
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今後の研究の推進方策 |
白血病細胞株を用い、可溶型LR11添加後のGATA 1, 2, WT1の制御機構を明らかにするために、GATA1, 2 それぞれのノックダウン細胞株の樹立を行う。GATA1,2のノックダウン細胞株に可溶型LR11を添加し、悪性化の指標とされるWT1の遺伝子発現を継時的に検討する。さらに悪性度の指標として、①薬剤耐性に関して、細胞周期依存的に抗腫瘍効果をもたらすキロサイド、ダウノルビシンなどの抗癌剤を用い細胞増殖能の検討を行う。また抗癌剤耐性と深く関連する現象としの、②接着に関して、ビトロネクチン、フィブロネクチン、骨髄間葉系細胞、血管内皮細胞と共培養し接着亢進について検討する、また③細胞周期を検討し、G0 arrestを呈していることにより、薬剤耐性形質を獲得しているのか、G-CSFなどのサイトカインを用い細胞周期を回転することにより、薬剤耐性が回避されるか等を検討する。 臨床検体においては、白血病症例の骨髄検体(白血病細胞80%以上)から更にmRNAを抽出し、血清LR11の値とGATA1, 2, WT1遺伝子の発現を検討するとともに、LR11自体のmRNA発現とこれら転写因子の関わりについても検討を行う。そして、それら転写因子の発現レベルと、白血病のsubtype、腫瘍量を示唆するLDHなどの項目との相関、更に予後との関連性についても検討を行う。 LR11ノックアウトマウスと野生型マウスの造血解析の差異を検討する。
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次年度の研究費の使用計画 |
可溶型LR11を添加し、GATA1, 2, WT1の発現増強が確認されたRNAを用い、マイクロアレイにて更にこれら転写因子の発現増強に関わる可能性のある遺伝子の探索を行う。それとともに、それぞれの転写因子をノックダウンすることによる、これら転写因子の制御機構の解明をmRNA タンパクの発現も含め検討を行う。これらノックダウン株の作成はSi(一過性)、Sh(持続性)ともに試みる。 LR11ノックアウトマウスも用い、キロサイド、ダウノルビシンに対する薬剤耐性解析を細胞周期(FACSを用いsub G1ピークを含めたDNA プロイディの変化)、増殖能(MTT assay)を検討する。 臨床検体からの白血病細胞からのRNA抽出を行い、LR11やGATA1、2、WT1の発現とともに、マイクロアレイで得られた新規遺伝子の発現を検討することにより、LR11の白血病発症機序における役割の解明を行う。 またLR11ノックアウトマウス、野生型マウスからの造血幹細胞ソーティングを行い、造血前駆細胞のLR11の発現プロファイルを検討し、白血病発症機序、放射線後の末梢血プロファイルの比較検討を行う。
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