研究課題
基盤研究(C)
エリスロポエチン(EPO)は赤血球造血を増強する因子である。成人では主に腎臓から分泌され、腎機能が低下するとEPOの産生が低下し腎性貧血となる。しかし、EPOの造血組織における作用点、および、腎性貧血の分子病態などについては未だ未解明の点が多い。研究代表者らは、本研究開始時までに、EPO遺伝子に緑色蛍光タンパク質遺伝子(GFP)を挿入したノックイン(EPO-GFP-KI)マウスや、EPO遺伝子を含むBAC (Bacterial Artificial Chromosome)を導入したトランスジェニックマウスを作成し、腎臓でのEPO産生細胞が、神経系の性質を併せもつ線維芽細胞であることを示した。また、EPO-GFP-KIマウスにトランスジーンとしてEPO遺伝子断片を導入したマウス(ISAM, Inherited Super Anemic Mouse)を作成した(Yamazaki et al. in revision)。ISAMでは、トランスジーンの活性による肝臓のEPO産生によりEPO欠損による胎性致死性を免れて出生するが、EPO産生組織が肝臓から腎臓に移行する生後3週から重篤な貧血を呈した。そこで、24年度には、このマウスを用いて造血組織の解析を行い、また、EPO投与によって発現が変動する遺伝子群を明らかにした。一方、ISAMの腎臓では、EPO遺伝子の転写活性によってGFPを発現している細胞が、広く皮質から髄質までの間質に多数分布していた。平常時のEPO産生細胞は腎臓の皮髄境界付近に局在しているが、潜在能力としてEPO産生能を持つ細胞は腎臓間質により広く分布していることが示された。今後は、ISAMを用いてEPOの標的となる遺伝子の同定を進め、また、GFP発現を指標に、腎不全時にEPO遺伝子の発現を抑制する分子機構などの解析を進める予定である。
2: おおむね順調に進展している
平成24年度はISAMの解析を行った。EPO-GFP-KIホモマウスはEPO欠損により胎生期に死亡するが、ISAMではトランスジーンの転写活性による肝臓のEPO産生によって、メンデル則に従って出生した。しかし、EPO産生臓器が肝臓から腎臓に移行する生後3週以降には、ISAMは生涯続く重篤な正球性、正色素性貧血を呈した。生後2週以降、ISAMの血中EPO濃度は野生型に比べて著明に低く、また、成体腎臓のEPO mRNA発現は検出されなかった。ISAMの貧血はEPO依存性であり、ヒト遺伝子組み換えEPOの投与によりヘマトクリットは正常値まで回復した。また、抗EPO中和抗体を投与するとさらに貧血が増強し、微量のEPOがISAMの造血を支持していることが示された。ISAMでは骨髄と脾臓の細胞数は低下しており、特に、幼弱赤芽球分画が減少していた。ヒトEPOを投与後6時間のISAMの骨髄細胞を採取し、マイクロアレイ解析を行ったところ、既知のEPO反応性遺伝子を含む約400 の遺伝子の発現変化が認められた。赤芽球の分化段階特異的に発現が変動する遺伝子も同定された。一方、ISAMではノックインされたGFP遺伝子の発現により、腎臓の間質細胞が広範囲に蛍光標識された。さらに、EPO遺伝子を含むBACトランスジーンの転写活性によりCre酵素を発現するマウスを作成し(EPO-Cre)、Cre酵素発現後に赤色蛍光色素を発現するマウスおよびISAMと交配した。このマウスでは、EPOを発現した履歴がある細胞において赤色蛍光発現が認められる。ISAMのGFP発現細胞は赤色蛍光発現細胞の一部と完全に一致した。この結果から、平常時にはEPO産生細胞は皮髄境界に限局して存在するが、EPO産生能力を持つ細胞はより広く腎臓間質中に存在することが示された。
平成25年度以降には、ISAMおよびEPO-Creの活性により赤色蛍光を発するマウスを用いて、さらに解析を進める。特に、腎臓におけるEPO産生の抑制に関わる因子の検討を行い、EPO遺伝子の転写制御に直接関わるトランスの因子とシス領域を同定して腎性貧血の病態の分子基盤を明らかにし、さらに、その予防法の開発を目指す。平成25年度には、造血系については、マイクロアレイや定量PCRの結果をもとにEPOシグナルの下流の遺伝子を同定にし、より多くの遺伝子の発現について、細胞の分化段階特異的な変化を解析する。また、EPO濃度との関係を検討し、平常時の血液に含まれる微量のEPOによって制御される遺伝子の同定を目指す。腎臓のEPO遺伝子発現制御については、上記のISAM/EPO-Creマウスに片側尿管結紮術やLPS投与などの腎障害モデル実験を行い、赤い蛍光を発しながらGFP蛍光が減衰している細胞を単離し、その遺伝子発現を検討する。特に、腎臓の線維化や炎症反応に関わる転写因子について重点的に検討を行う。GFP蛍光の減衰と連動して発現が変動している因子があれば、mRNAおよびタンパク質発現の解析を行う。さらに、既にトランスジェニックレポーター法により数kbpの範囲に狭めつつあるEPO遺伝子の制御領域について、ChIP法による転写因子結合の解析を行う。結合が認められた場合は、その因子の阻害剤をISAMの腎障害モデルマウスに投与し、GFP発現の抑制が軽減される可能性を検討する。これらの実験により腎不全によってEPO産生が低下する分子機序を明らかにし、その予防法の開発につなげる。
平成25年度には設備備品等の購入は特に予定していない。大半の研究費は、定量PCR用の試薬キット類の購入、抗体類やChIP実験のための試薬消耗品類の購入、その他の細胞生物学的、分子生物学的研究に必要な試薬キット類、消耗品類の購入に当てる予定である。なお、マウスの飼育にかかる経費は別途予算から支出する予定である。
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Journal of Clinical Investigation
巻: 123 ページ: 1123-1137
doi:10.1172/JCI63711
Neurobiological Disease
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dx.doi.org/10.1016/j.nbd.2012.07.025