研究実績の概要 |
前年度認められた母子分離モデルの行動異常の内、学習障害に着目して関連部位である海馬の発達期における神経回路網形成について解析を行った。神経回路網形成に重要な役割を担う脳由来神経栄養因子 (BDNF)を解析した所、7日齢でBDNFの遺伝子及びタンパク質発現が低下していた。またBDNFを介した細胞内シグナルとしてERK1/2を調べた所、ERK1/2の活性が低下している事が認められた。更にBDNF-ERKシグナルにより転写調節される最初期遺伝子群(c-Fos, Arc, Egr-1)の発現も低下していた。その他、BDNFに発現制御されている因子(GABA合成酵素、コレステロール合成酵素)の発現も同様に低下していた。このようなBDNF及びその下流シグナルの低下は10, 14, 21日齢では認められなかった。ラットの7日齢は機能的なシナプスが形成され始める時期であり、BDNF-ERKシグナルは興奮性のシナプス後膜(スパイン)形成を促進する事から、21日齢の海馬でシナプスマーカーの発現を調べた所、PSD95発現(興奮性の後シナプスに集積する足場タンパク質)が減少しておりスパインが減少している事が示唆された。そこで更に同日齢の海馬をゴルジ染色し解析した所、CA1の錐体細胞においてCA3領域からのシェファー側枝を受ける部分の樹状突起でスパイン数の減少が認められた。このCA3-CA1の経路は記憶・学習に重要な役割を担う事からも、成熟後に認められた母子分離による学習能低下の原因の一つとして発達期における海馬の回路網形成不全が関与していると考えられる。 本研究課題全体の結果から、母子分離は成熟後の記憶・学習能を低下させる事、更にその原因の一つとして可塑性の高い時期である回路網形成早期において、その形成を調節・促進する重要な因子の発現・活性を一過性に狂わせ(BDNFシグナル低下、AMPA受容体の過剰リン酸化)、海馬における正常な回路網形成を妨げている事にあると推察される
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