本研究において形態解析を実施した白川郷の背負子,新潟県津南町の踏み鋤,新潟県山古志村の荷付鞍,中国侗族の天秤棒の形態に共通してみられる特徴は,1)制作者が特定できない,形態生成は自然発生的である,2)その形状は直線的でなく多様に変化する曲率をもつ曲線,曲面で構成される傾向にある,3)これらの形態の素材は大別すると木であり,その素材を用いた造形においてはその繊維方向への配慮がうかがえる,4)枝分かれ,根曲がりなどの自然による局所的補強部位を効果的に使用し,その特性が形状全体に影響を与えている,5)軽く,十分に剛であるとともに必要な柔軟性を兼ね合わせている,の5項目によって示すことが出きる。そしてその曲線および曲面を境界とする形の内部に分布する応力は、一極集中的な応力の分布状況は回避されている傾向にある。一木で形成されている踏み鋤の踏み部と本体部の繋ぎ目や,荷鞍の中央部の牛の背骨への接触を避けるためのへこみにおける応力集中はあるものの全体応力との間にいびつな不連続な差異は見られない。この構造力学的特徴は最適設計形状の一つである全応力形状が示す特徴に近いと言うことができる。つまり,自然発生的に作り出され.道具として使用されてきたこれらの形は全応力形状的形能を示し、軽くて強い構造体のーつであるとも言えることができそうである。本研究の初期においては,力学性=力学的合理性としていたが,この研究を通して,力学性=(形が有する)力学的合理性と(その形の作り手が有したであろう)力学的感性,として定義できることの可能性を見出すことができた。そして,その力学的感性とは,ある素材を前にして,それが与えられた状況・環境において,もっとも効果的に力学的合理性を具現化する形態およびその形態への創造過程,造形過程を見極める特性を「作り手の力学的感性」と定義できることを示唆することができた。
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