研究課題/領域番号 |
24610006
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
平木 隆之 東海大学, 海洋学部, 教授 (00281288)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 遺伝子組換え作物 / 法的財産権 / 経済的財産権 / 特許保護 / 農民の権利 |
研究概要 |
本研究は、遺伝子組換え作物をめぐる特許保護と農民の権利の衝突に着目し、国家が開発者に与える法的財産権ではなく、資源や製品が有する価値を享受する能力と定義される「経済的財産権」という視点から遺伝子組換え作物の財産権制度を考察する理論的・実証的研究である。そして、本研究は、遺伝子組換え作物に対する特許保護が当該作物の有する経済的財産権―農民による種子の貯蔵、次期における再播種、近隣農家との交換、市場価格より低い価格での販売等の「農民の権利」に関する諸行為―に与えるインパクトを定量的かつ定性的に明らかにすることを到達目標としている。 今年度の研究においては、当該テーマに関する研究の方向性を整理するために、文献サーヴェイにより理論的研究における論点整理を行った。その結果、次の3つの仮説を導出した。 1) 元来公共財としての性格を有する植物遺伝資源(種子)にまで特許保護の範囲が拡大されたことは、新薬や遺伝子組換え作物にみられるように当該資源の価値増加という「市場メカニズム」に由来するのか、あるいは国家と特許申請者の「権力」によるものなのかが当該研究においては中心的な論点となること。 2) 特にインドにおいては、2005年の特許法改正により、従来は生産工程に限定されていた植物遺伝資源に対する特許保護の範囲を遺伝子組換え作物のような製品にまで拡大したことにより、特許保護を有する遺伝子組換え作物(綿花)が急激に普及したこと。 3) 遺伝子組換え作物の世界規模での拡大は、特許権という法的財産権により遺伝子組換え作物の「製造物」としての性格を保護することに依拠しているが、その反動として「植物」としての遺伝子組換え作物が有する「経済的財産権」、即ち農民の権利に対する保護運動も同時に拡大すること。 今年度(平成25年度)以降の研究においては、データ分析とケーススタディにより上記3つの仮説を検討する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目的は、理論サーヴェイ、数量データ分析、ケーススタディといった研究方法を用い、植物遺伝資源をめぐる経済的財産権の公正かつ互恵的な配分を可能にする制度の在り方を提示することにある。そして、本研究では、遺伝子組換え作物に対する特許保護が当該作物の有する経済的財産権―農民による種子の貯蔵、次期における再播種、近隣農家との交換、市場価格より低い価格での販売等の「農民の権利」に関する諸行為―に与えるインパクトを定量的かつ定性的に明らかにしたい。 この研究の目的に対し、今年度の研究では、理論的研究については、植物遺伝資源をめぐる特許保護という財産権制度の変化について、その推進力(driving force)についての仮説を整理するという当初の目標を概ね達成できたと評価している。特に、遺伝子組換え作物に対する特許保護の増加の要因については、バイオテクノロジーの商業的価値の増加だけでは説明が困難であり、国家と多国籍企業が有する権力に着目する必要があるという研究の方向性を導出できた。 一方、実証分析については、平成25年度に計画していたので、進捗の遅れとは言えないが、遺伝子組換え作物に対する特許保護をめぐる判例の分析に着手できなかったことが課題といえる。これは、当該研究のテーマは新しい研究領域であり、近年発表される論文数も増え、新たな概念が次々と発表されているため、研究動向の調査に予想以上に時間を要したことが原因である。 以上のように、理論研究においては、当初の目標を達成できたので、今年度の自己評価を「おおむね順調に進展している」とした。次年度は、遺伝子組換え作物の栽培に関する数量データを用いて遺伝子組換え作物の世界的な拡大を定量的に分析し、遺伝子組換え作物の特許保護と農民の権利の衝突を扱った判例を題材としたケーススタディを行うことにより、今年度の理論研究で得た仮説を検討する。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策については、遺伝子組換え作物をめぐる特許保護と農民の権利の衝突を扱った判例に基づくケーススタディを重視する。特に、当該判例において、特許権という法的財産権の保護と農民の権利という経済的財産権がどのように解釈されてきたのかを明らかにし、遺伝子組換え作物の開発に伴う利益(ライセンス料収入)を増加させるためには法的財産権の保護を強化しなければならないが、経済的財産権の保護に配慮しなければ特に小規模農民は高額の遺伝子組換え作物を購入することはできない。この遺伝子組換え作物市場における「ジレンマ」に着目し、上記の判例分析を通じて、農業バイオテクノロジーの社会的利益を最大化する上で必要な条件を明らかにしたい。 また、遺伝子組換え作物は、植物であることから遺伝子組換え作物を栽培しない農家の農地に自生しうる。その自生の結果、有機作物が遺伝子組換え作物としての性格を有することにより、有機作物としての資格を失い「遺伝子汚染」の問題が危惧されている。米国では、近年この遺伝子汚染の問題について訴訟が発生し、地方裁判所が判断を下したものの、決着がつかず依然として係争が続いている。本研究では、当該判決に依拠し、遺伝子汚染という新たな社会的費用の発生が遺伝子組換え作物の経済的財産権を評価する上でどのような影響を与えるのかについても明らかにしたい。 上記2点に関する実証的研究の成果として、遺伝子組換え作物に対する特許保護という法的財産権保護がその経済的財産権に対して与える影響を明らかにしたい。法的財産権が特定できる資源の価値は限定的であるが、経済的財産権は資源の価値を享受する能力であることから、多様な価値を包含する。そこで、本研究は総括として、遺伝子組換え作物の事例を手掛かりとして、農業バイオテクノロジーの社会的利益を最大化する上での財産権制度の在り方について結論付けたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成25年度の研究においては、ケーススタディを重視する意味から、遺伝子組換え作物をめぐる特許保護と農民の権利との衝突を扱った判決を核として、その関係者にヒアリング調査を実施する。これらの判例は米国・カナダに多くが集中しており、北米地域で遺伝子組換え作物の所有・利用・管理をめぐる裁判に関わった農民、企業、弁護士等にヒアリング調査を実施し、各々の利害から遺伝子組換え作物をめぐる「人造遺伝子」に対する法的財産権(特許保護)と「植物」としての利用価値を包含する経済的財産権との最適な関係を明らかにする。 また、本研究は、スイスにおいても現地調査を実施し、特にバイオ宅席企業の一つであるシンジェンタ社にヒアリング調査を行い、同社が近年実施しているコラボレーションによる遺伝子組換え作物開発の事例についてヒアリング調査を行い、この発展途上国の研究機関とのコラボレーションによる研究開発が「反コモンズの悲劇―特許保護の乱立によりライセンス料支払い額の巨額化により治療薬や農作物の商品化が阻害される状況」を回避できるかについて考察する。また、スイスにはFAOやWIPOをはじめとして、当該テーマにかかわりの深い国連機関が設置されているので、当該テーマに関する政策担当者に対してもヒアリング調査を実施したい。さらに、スイスには研究代表者がゲストエディターを務めるResource誌を発行するMDPI社があり、当該ジャーナルで遺伝資源に関する議論を展開する研究者と意見交換を行うことにより、当該研究テーマに関する新たな方向性を見出したい。 以上のことから、当該年度の研究費の使用計画としては、海外出張費が中心となる。米国と欧州における調査となるので、2回の海外出張で100万円前後の予算使用を見込んでいる。
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