研究課題
エピジェネティックな調節機構を介したクロマチン制御は種々の細胞機能に重要であり、神経幹細胞の自己複製能や多分化能の維持にも重要である。本研究では、神経幹細胞の自己複製および神経分化におけるヒストンアセチル化の役割を明らかにすることを目的とする。特に神経系での役割が明らかとなっていないTip60ヒストンアセチル化酵素複合体の役割の解明に焦点をあてる。Tip60ヒストンアセチル化酵素及びその構成成分であるクロマチン制御因子MRG15欠損マウスを用いた機能解析を行い、神経幹細胞におけるヒストンアセチル化の分子機構を明らかにする。当該年度は以下のことを行い、神経幹/前駆細胞でのクロマチン制御因子の重要性を示した。1、Mrg15欠損により発現が影響される遺伝子が、直接表現型に関与しているかどうかを確かめるために、レンチウイルスによる神経幹細胞への遺伝子導入系を確立した。2、条件付きMrg15欠損マウスとネスチンプロモーターにより神経幹細胞特異的にCre組換え酵素を発現するマウスを掛け合わせ、神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスを作製した。ウエスタンブロット法により神経特異的なMrg15の欠損が確認された。3、神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスが少なくとも6ヶ月以上生きることが明らかとなっている。神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスの行動解析及び学習機能解析を行うためにC57BL/6Jマウスラインへのバッククロスを開始し、10世代交配した。4、C57BL/6Jマウスへバッククロスされた神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスも、メンデルの法則に従って生まれてきたが、同腹のコントロール群に比べ体が優位に小さかった。 体重調節機構における神経系でのMRG15の重要性が示唆された。5、条件付きTip60ヒストンアセチル化酵素欠損マウスを作製するために、ノックアウトベクターを構築し、胚性幹細胞のスクリーニングを行った。
2: おおむね順調に進展している
現在までの研究目的は、おおむね順調に進展している。条件付きMrg15欠損マウスとネスチンプロモーターよりCre組換え酵素が発現するマウスを掛け合わせることによって、神経幹細胞特異的なMrg15欠損マウスを産生した。体長は明らかに小さかったが、少なくとも6ヶ月以上正常に生きることが明らかとなった。神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスの行動解析及び学習機能解析を行うことが今後必要とされると考えられ、C57BL/6Jマウスラインへのバッククロスを行い、現在までに10世代交配した。バッククロスの必要性から研究の進展はやや遅れたが、それ以外は順調に進んでいる。神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスは体が優位に小さかったことから、神経系におけるMRG15は、体重調節に重要な役割を担っていることが明らかになった。
今後、以下について研究を進める予定である。1、神経幹細胞のDNA損傷応答におけるMRG15の役割:神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスの脳組織より神経幹細胞を分離し、ニューロスフェアー法で細胞を増幅する。抗がん剤や放射線に対する感受性を野生型神経幹細胞と比較する。53BP1やγH2AXの核内フォーカス形成能を免疫染色方により測定し、またアポトーシスの検出を行う。2、Mrg15欠損神経幹細胞の遺伝子発現変化:神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウス及びコントロールマウス脳組織より神経幹細胞を分離し、ニューロスフェアー法で細胞を増幅する。増幅された細胞よりRNAを抽出し、cDNAを作成後、次世代シーケンサーにより遺伝子発現を網羅的に解析する。MRG15により調節を受ける遺伝子を網羅的に解析する。3、脳の組織学的解析:神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスの脳組織における解析がまだ十分に行われていない。側脳室および海馬領域の5-μm冠状切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色およびニッスル染色により病理変性を評価する。脳内の増殖細胞を検出するため腹腔内にBrdUを注射し1日あるいは1ヶ月後に還流固定の後脳を取り出し、パラフィン包埋する。BrdUと種々のマーカータンパク質に対する二重免疫染色により、細胞系譜の追跡を行う(BrdU birthday labeling)。4、体重調節機構の解析:神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスはコントロールマウスに比べ体が明らかに小さいことから、神経系におけるMRG15は、体重調節に重要な役割を担っていると考えられる。IGF1、成長因子、FGF21などの体重調節に重要な因子の血中濃度を径時的に調べる。また、血中グルコース濃度や耐糖能を径時的に調べる。5、神経幹細胞特異的Tip60ヒストンアセチル化酵素欠損マウスを作製し、神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスの表現型と比較検討する。
本年度は、研究遂行に必要なマウスのC57BL/6Jラインへのバッククロス及びバッククロスされた神経幹細胞特異的Mrg15欠損マウスの経過観察に時間が必要であり、研究全般に費用が繰り越された。次年度は、繰越し金も合わせ、以下の様に助成金を使用予定である。1、消耗品(1、197千円):経費の主要用途は消耗品の購入で、細胞培養試薬(培地、血清、成長因子など、300千円)、生化学・分子生物学用試薬(酵素、抗体、PCRプライマー、キット、化学試薬など、397千円)、細胞培養器具(フラスコ、プレート、ピペット、チューブ、チップなどのプラスティック類、300千円)、組織染色に必要な器具・試薬(200千円)の購入が必要とされる。2、実験動物、マウス維持費として500千円。3、学会発表などで研究成果を報告するために必要な出張旅費として100千円。4、論文を誌上発表するために必要な経費として論文投稿費用(200千円)・論文校正費(100千円)。
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J. Neurol. Sci.
巻: 335 ページ: 48-57
10.1016/j.jns.2013.08.022
http://www.jichi.ac.jp/biochem/kinou/