研究課題/領域番号 |
24617004
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
藤野 寛 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 教授 (50295440)
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キーワード | ドイツ-ユダヤ文化 / ウクライナ / オーストリア帝国 / 異文化共生 / 多民族国家 / カール・エーミル・フランツォース / 同化ユダヤ人 / 啓蒙 |
研究概要 |
本研究は、18世紀後半から20世紀前半にかけてのおおよそ170年間、チェルノヴィッツの街に歴史上類例を見ない仕方で花開いたドイツとユダヤの異文化共生の実態を対象とするものであるが、当時オーストリア帝国領であったこの街は、1944年以来ソ連に、そして1991年からはウクライナに属するところとなっており、今日では、この街に暮らすドイツ語話者はごくごく少数である。そのため、平成24年度に初めて現地を訪れた際には、チェルノヴィッツ大学のクシュニール教授(完璧なドイツ語を話される)と面談できたものの、それ以上の聞き取り調査は実現できなかった。 それが、研究代表者が所属する研究科にウクライナからの留学生(Pさん)がおられ、しかも、彼女の父がチェルノヴィッツ生まれ、祖母と叔母は現在もチェルノヴィッツ在住で、彼女自身、子供時代何度も夏休みをこの街で過ごしたことが判明し、交渉の結果、夏に計画した二度目の現地滞在中、彼女にウクライナ語(およびロシア語)で通訳していただくことが可能となった。 そこで、今回は、Pさんの全面的協力を得て、1944年以降のソ連時代およびウクライナ時代に焦点を絞り、この時代を身をもってご存知の方々にインタヴューすることを企画した。2013年8月14日から20日までの7日間、再度チェルノヴィッツを訪れ、合計7名の方々(うち2人がユダヤ系ウクライナ人)のお話をうかがうことができた。 その結果、第二次世界大戦後のチェルノヴィッツの街のユダヤ人社会理解に関して、研究代表者は根本的変更・修正を迫られることになった。この点、つまりこれまでの自らの歴史理解の誤りを認識できたこと、そして同時に、第二次世界大戦後のソ連社会およびウクライナ国家の現在につらなる状況に対する一定の認識を得たことが、平成25年度の研究成果の実質的中心をなすと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
チェルノヴィッツにあっても、ナチのドイツのユダヤ人絶滅政策によって、大半のユダヤ人は虐殺されるか国外移住を余儀なくされ、第二次世界大戦後のこの街はほぼユダヤ人不在の街と化したとのイメージを、研究代表者はこれまで抱いていた。しかし、このイメージは事実に反する。戦後のチェルノヴィッツには、終戦直後にこの街に帰還した人、ソ連国内の他の街から新たに移り住んだ人など、少なからぬユダヤ人が生活しており、あからさまな差別は存在しない共生が実現していた事実を知るところとなった。ただし、とりわけペレストロイカ以降の自由化政策の過程で、国外移住の自由を得た多くのユダヤ人は、イスラエル、アメリカ合衆国など海外への移住の道を選び、今日では、チェルノヴィッツ在住のユダヤ人は1000人を下回るという新たな現実を思い知らされるところとなった。つまり、「異文化共生」の理念から見る限り、今日のウクライナの街チェルニフツィからかつてのドイツーユダヤ共生の街チェルノヴィッツに至る回路は、ほぼ断ち切られてしまっていると言わざるを得ない。 この事実は、本研究の自己理解に、とりわけその目的と意義に関して、一定の修正を迫るものとなる。具体的には、本研究は歴史研究としての性格を強めざるを得ない。そして、そこから初めて、現在の世界、例えばウクライナ情勢についていかなる認識が得られるか、という観点にも立って、研究を継続してゆかねばならないと考える。
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今後の研究の推進方策 |
2014年は、第一次世界大戦が勃発して100年にあたる。ドイツ語文化圏においても、100年前のこの出来事についてテーマとして盛んに取り上げられ、論じられている。 他方で、ウクライナ情勢は緊迫と混迷の度を深めているが、チェルノヴィッツに着目する視点からすれば、この二つの論点は、深く関連しあっており、この問題について考えることのアクチュアリティは、2014年というこの年、とりわけ高まっていると考えられる。 もともと、本研究に着手した時点で、その最終目標として、『かつてチェルノヴィッツという街があった』と題する新書形式の著作を執筆し、この他に類例のない、そして極めて興味深い街の存在と歴史を日本の読書界に紹介することを考えていたのであるが、本研究の最終年にあたる平成26年度には、いよいよこの執筆作業に着手する。そのために、夏休みに、ポツダムの「東欧文化フォーラム」またはザンクト・ポェルテンの「オーストリア・ユダヤ史研究所」に滞在し、研究者諸氏ともディスカッションする中で、集中して執筆に取り組みたいと考える。それに先立ち、出版社との交渉に入ることは言うまでもない。
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