研究課題/領域番号 |
24617007
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
鈴木 繁夫 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 教授 (50162946)
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キーワード | 離婚 / 結婚 / ミルトン / 再婚 / Reformatio Legum / 性格一致 / 創造的摸倣 / 破綻主義 |
研究概要 |
性格一致の結婚愛の<歴史的経緯>については、ケンブリッジ大学(古文書館)で、特にState Papers: Domestic seriesおよび同大学フェローが示唆する古文書を渉猟した。その結果、家産・子孫という二つの価値が結婚の決め手ではあったが、従来からミルトン独自と考えられていた性格一致という価値も特に中産階級では結婚決定の重要事項であることが裏付けられた。この点への確証を得るため、University College Londonの名誉教授と18世紀イギリス小説研究家と研究打ち合わせを行った。 また性格不一致の離婚の<歴史的経緯>については、ミルトンの離婚論出版(1643年)はReformatio Legum Ecclesiasticarum(手稿成立1552年, 印刷出版1640年)の再婚容認の議論の延長上にあることが明瞭になった。詳しく言えば、人間の結婚は教会とキリストの結婚の象徴とされ、カトリックでは「食卓とベットからの離婚」(別居)は認めているが、Reformatioでは、「食卓とベットからの離婚」を超えて「婚姻の絆からの離婚」を認めていたがゆえに再婚を容認していた。しかしこの法の未出版の背景には、英国教会としては「婚姻の絆からの離婚」は容認できなかったが、現実には、離婚・重婚の例が、禁止されているはずの利子同様に、多々あったことが資料から裏付けられた。 ミルトンの意図的な<誤解釈の検証>については、市民法・聖書釈義に関する資料からは似たようなケースを発見し得なかった。むしろ、ミシェル・ジャネレが指摘する、人文主義にみられる対話を通じた「創造的摸倣」(mimesis)、すなわち、著作家が過去の文献を引用するが、その際に自分の時代の生活空間に生息しうるように、過去の文献の中で使われていたのとは異なった意味で使うという修辞手法と考えるべきという結論に到達した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1) 基礎資料の収集(①Bucer原典, ②Moore手稿): ①はラテン語原典を入手し、Selderhuisの研究書を利用しながら英訳を進めている。ミルトンの英訳がいかに恣意的であるか、またその英訳を利用して19-20世紀の英国法律学者が離婚について誤解釈を踏襲していたことが判明した。②は当時の結婚状況を知る資料にはなりえても、離婚状況を知る資料とはなりえなかった。むしろ、これまでほとんど研究者の間で注目されてこなかったReformatio Legum Ecclesiasticarum は、Bucerの著作とともにミルトン離婚論を成り立たせている典拠であり、これらを土台にしてミルトンは聖書解釈や市民法解釈を行っていることを、論文として執筆中である。 (2) 仮説の組み立てと実証化(①<誤解釈の検証>, ②<歴史的経緯>): 上記の「研究実績」欄に記載した通りである。 (3) 研究成果発信とフィードバック(①Webによる情報提供, ②講演会開催, ③学術誌での発表): ①Webの形で情報共有しても知的財産を侵害されない事柄については、下記のURL記載サイトに発表している。②「結婚とは何か」という公開講演会を開催し、発表者および参加者と意見交換を行った。参加者には本学院生のみならず、カルチャー・センターの受講生もおり、研究成果を社会的に共有することができた。③下記の「研究発表」の通りである。20世紀に入り、有責主義の離婚観が破綻主義の離婚観に変化した背景には、たんなる世俗的な人間感情優先ではなく、契約神学が底流にあり、なおかつ疑似宗教的結婚観があることを指摘し、離婚観ついては社会的に誤認があることを示した。
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今後の研究の推進方策 |
(1) 基礎資料の収集(①Bucer原典と②Reformatio Legum Ecclesiasticarum): ①については、引き続き、鈴木自身の英訳を通じて、ミルトンの英訳と比較し、ミルトンが翻訳の範疇(凝縮と敷衍)を逸脱してカットアップとリミックスを利用した「シミュラクルの戦略」をとっていたことを明かす。②についての論考をまとめ、International Society of Family Law(ISFL)が主催する国際大会に投稿し、発表を行い、外国の研究者からフィードバックをえる。 (2)仮説の組み立てと実証化(①<誤解釈の検証>, ②<歴史的経緯>): ①については上記(1)②の論考を完成させることで、進める。②については、性格一致の友愛婚という概念をめぐり、結婚にはアフェクティオ(古代ローマ法における結婚で双方の意思による合意)が必要という条文が、中世の教父たちによって愛情として理解されてしまったことを解き明かす。 (3) 研究成果発信とフィードバック(①Webによる情報提供, ②講演会開催, ③学術誌などでの発表): ①は、上記(3)①の活動を続けていく。②は、英国の結婚・離婚観についての公開講演会を開催する。また「結婚・離婚幻想批判:近代史からみた愛と相性」というテーマでシンポジウム開催する。シンポには、キリスト教の結婚・離婚観の神学者(Juan Masia元・上智大・教授)、さらに家族社会学者(David Notter 慶応大・准教授)も加え、学際的国際共同シンポとする。③については、国際学会(ISFL)に出席し欧米の先端にある結婚・離婚観と文化比較する視点を取り込む。また併せて(2)②を実施する。
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次年度の研究費の使用計画 |
性格不一致の離婚の<歴史的経緯>について情報を得るために、日本人研究者(英国離婚法)およびイギリス人研究者(英国婚姻法)と面談する予定であった。連絡をとったところ、職種変更、病気といった理由から面談による意見交換ができなかったため、使用予定の旅費が未使用のままで終わってしまった。また、海外の複数の古文書館に行く計画であったが、ケンブリッジ大学図書館一箇所で必要文献がほぼそろうことが判明したために、旅費が未使用となった。 予定していた公開講演会の規模を、複数の講演者によるものから一名単位の講演会に切り替え、本年度は一回の講演会を開いたのみとなり、謝金の一部が未使用となった。 未使用の旅費については、ケンブリッジ大学図書館に複数回、資料収集を行うことによって、効率的に使用する。また国際学会(ISFL 開催地ブラジル)への旅費と参加費に充当する。 未使用と謝金については、一名単位の講演会を今年度は最低でも3度開催することで、本研究の社会的認知度を高めつつ、有効に利用する。すでに二名からは了承を取り、開催日も確定している。
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