オランダの解剖学者ペトルス・カンパーの顔面角理論、ドイツの解剖学者ザムエル・トーマス・ゼメリング、おなじく比較解剖学者ヨハン・フリードリヒ・ブルーメンバッハ、博物学者フォルスターなどの18世紀後期ドイツの人類学理論が、つねに〈体型と容貌の美醜〉をきわめて意識しており、それがじつは当時ドイツの考古学者で美術史家のヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンに提唱された古代ギリシア・ローマの美学、すなわち絵画や彫刻で描かれた理想の人間とみなす古典主義美学の影響下にあったことや、かれらの人類学理論と言説が、同時代のスイスの文筆家ヨハン・カスパー・ラーヴァターの観相学、ウィーンの神経解剖学者で生理学者のフランツ・ヨーゼフ・ガルの骨相学へと理論的に大きな影響を与えたことが確認された。 さらにガルの骨相学は、19世紀後半の犯罪人類学イタリア学派創設者で指導者のチェーザレ・ロンブローゾの「生来性犯罪者説」へと継承されて、その方法論は、フランスの犯罪学者で人類学者のアルフォンス・ベルティヨンによる犯罪者の身体的特徴を特定しようとする人体測定法で理論的頂点をきわめたという系譜が明らかになった。 これらの解剖学は、19世紀後期には、ユダヤ人を貶めるための人種理論へと変容していったために、ドイツ人を中心としたヨーロッパ人よりもユダヤ人を劣等とみなす理論的基礎となった。それゆえ、ユダヤ人に対してなされたナチスドイツによる人体実験はすべて、ユダヤ人の劣等性を解剖学的に証明するためになされたのであるが、18世紀の人類学理論の無邪気さとは比較にならない差別的・非人道的なものとなった。
|