生体分子のその場分析技術の開発はオミクス計測科学分野の重要な課題であるが,未知試料の同定に及ぶ手法の確立には至っていない.本研究では,様々な気相酸性度を有する負の大気反応イオンの制御生成が可能な「精密コロナ放電」と質量分析を結合し,平成26年度は以下の研究項目を遂行した. 1.アンビエントイオン化質量分析法の高感度化技術の開発 2.“バイオモニタリングシステム”の実用化に向けた評価研究 1では,大気圧化学イオン化法を基にしたアンビエントイオン化法,すなわちリアルタイム直接分析(DART: Direct Analysis in Real Time)法に精密コロナ放電を組み合わせることで,正負両イオンモードにおいて10倍以上(試料によっては1000倍)の高感度化が達成されることを見出した.この高感度化は,DARTでイオン化されなかった中性の気体状試料分子を,精密コロナ放電で生成した大気イオンを利用してイオン化させていることに由来した.2では,昨年度選定した植物,すなわちペチュニア(Petunia mitchell)と精密コロナ放電を用い,植物の内生香気成分と大気中に放出された後に生成する成分(大気中香気成分)の関係を調査した.ペチュニアの大気中香気成分に由来する負イオンとして,m/z 151と184のピークが観測された.これらイオン種の衝突誘起解離および精密質量測定を行ったところ,m/z 151はバニリンの脱プロトン化分子,m/z 184はバニリンのO2-付加体と同定された.すなわち,ペチュニアの主な大気中香気成分はバニリンであることが示唆された.またバニリンは,ペチュニアの主な内生香気成分であるイソオイゲノールが大気中に放出された後にオゾン酸化を経て生成していることが示唆された.
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