研究課題
大型類人猿における情動とその社会的影響を客観的に評価するため、赤外線サーモグラフィで顔表面温度を測定した。情動喚起に伴う自律神経系の働きにより体表面の血流が変化し、それによって体表面温度が変わるという原理に基づくものであり、これを赤外線サーモグラフィでとらえようという試みである。「心」の進化的基盤を探ることを目指した多様な動物種比較研究が展開されているが、ヒトに近縁な大型類人猿の研究ではこれまでもっぱら「知」の側面を扱い、「情」の側面に焦点が当たるのは稀であった。赤外線サーモグラフィを使った同様の研究が、ヒトやヒト以外の動物を対象としておこなわれた報告はあるが、大型類人猿を対象とした研究はこれまで全くなかった。本研究が初の試みである。本研究において、まずは測定方法の確立をおこなった。機械の特性や実験環境に応じてキャリブレーションをおこない、可能な限り正確にチンパンジーの体表面温度を測定する条件を探った。これによって、最適と考えられる測定方法を見出すことができた。次に、研究実施計画にある通りの条件で、チンパンジーを対象に実際の測定をおこなった。つまり、様々なビデオ映像をモニターに提示し、これをチンパンジーが見ている際の顔表面温度を赤外線サーモグラフィで測定した。提示するビデオ映像として、被験体にとって既知の個体や未知の個体が、攻撃的な行動をおこなう場面や中立的な場面などを用いた。その結果、攻撃的な行動のビデオ映像を見た場合に、顔表面温度が有意に上昇することが確認された。これによって、類人猿の情動を顔表面温度測定によって評価するという本挑戦萌芽研究の妥当性が確かめられたといえる。
2: おおむね順調に進展している
赤外線サーモグラフィを用いた体表面温度の測定は、ヒト以外の霊長類を対象としては過去にほとんどおこなわれておらず、こと類人猿に限っては前例が皆無であったが、この研究によって初めてチンパンジーを対象とした測定に成功した。また、情動を喚起すると想定される条件で測定した結果、実際に顔表面温度が上昇しているのを捉えることができた。よって、本研究計画の妥当性を示すことができたと言える。平成24年度はチンパンジーを対象にして最適な実験手法を確立することを主要な目標に掲げており、この目標は十分に達成することができた。
すでに実験手法は確立することができたので、それに基づいて継続的にデータ収集をおこなう。ビデオ映像を提示して被験体の顔表面温度を測定すること自体は、一度このように方法が確立されれば比較的容易に繰り返し実施することができる。今後のポイントは、多様なビデオ映像を準備することである。被験体にとって既知の個体、未知の個体、既知の個体の中でも親しい個体とそうでない個体といった具合に、被験体との関係を考慮して多様なバリエーションのビデオ映像を用意する必要がある。ビデオ映像を収集することに時間を費やし、多様な条件設定が可能になるように工夫したい。また、チンパンジーとの比較のため、ボノボとオランウータンでもデータ収集をおこなう。この際の実験方法はチンパンジーのものに倣う。得られた成果を学会や学術誌等で発表する。
該当なし
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Scientific Reports
巻: 3 ページ: 1342
10.1038/srep01342
発達
巻: 132 ページ: 93-101