人の記憶機能は認知科学のみならず、多くの研究領域とリンクしており、様々なモデルが提案されてきた。その中で、ネットワークモデルは近年顕著に発達した解析手法があるにもかかわらず、記憶のネットワーク構造の全容はおろか、そのトポロジーさえ明らかにできていない。本年度における研究は、感情に関する意味記憶ネットワークのベースとなる単語間の類似性ネットワークがどのような性質を有するのかを実験を確認した。その結果、ネットワーク統計量において平均距離が約3、直径が7、クラスタ係数が約0.5であることが判明し、ランダムネットワークとの比較においてスモールワールド性が明らかとなることに加えて、人間の認知機能の一つが複雑ネットワークの観点から説明できうることが立証された。 前年度の研究期間では、まず、感情連想語の出現頻度分布がべき乗則の一種であるジップの法則に従うことが明らかとなり、次いでそのネットワークがやはりスモールワールド構造になっていることが判明した。ジップの法則の発見は一般的な言語研究領域では多数報告されているが、感情に特化した研究では他に例がなく、本研究における意義深い発見の一つである。また、スモールワールド構造の特定も感情研究においては皆無であり、ブレークスルーをもたらす可能性がある。 これら2年にわたる研究期間を総合して考えると、感情をベースとした人間の認知機能の一端が従来からの還元主義のみならず、複雑系の視点からもアプローチ可能であることが示唆され、今後の研究に有益な情報を提供できうるであろう。
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