脳は、さまざまな感覚受容体から信号を受け取ることによって、外界の情報を再構成している。そのために複数の感覚情報が入力として存在するが、外界の再構成のためには、これらを統合・分離することが必要不可欠である。本研究計画では、自己と他者という社会性という高次の概念をスタート地点におき、その切り分けのメカニズムの解明を行うことが大きな目標であった。前年度は、自己に集約される情報は統合され、自己と他者に分断される情報は分離される可能性を示唆するデータを得て、さらにそれを発展させた空間的な信号源の位置関係と分離と統合の関係性を示唆する結果を得た。本年度は、それを発展させることによって、情報の統合と分離の切り分け機構を、より正確に理解することに成功した。 感覚信号の統合と分離の指標として、時間順序判断の学習であるラグアダプテーションとベイズ較正と呼ばれる現象を用いた。被験者は手に与えられた触覚刺激と手の上に置かれた視覚刺激の時間順序判断を行うという実験を行った。右手に触覚刺激を与えた場合、触覚刺激と視覚刺激の空間的位置が一致している場合にはラグアダプテーション(頻繁に経験する刺激時間差を同時と感じる傾向)が生じ、触覚刺激と視覚刺激の空間的位置が一致していない場合にはベイズ較正(頻繁に経験する刺激時間差の順序を感じやすくなる傾向)が生じた。このことは、空間位置の一致性が、情報の統合と分離を切り分けていることを示唆している。しかし、興味深いことに、左手に触覚刺激を与えた場合には、ラグアダプテーションは弱く、ベイズ較正が生じる傾向にあった。このことは、情報統合の指標であるラグアダプテーションが左脳で行われている可能性を示唆する結果である。以上より、情報統合・分離はイベントの単一性と半球間機能差の合成によって実現されていることを明らかにすることが出来た。
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