研究課題
生物は限られたシグナル伝達経路を用いて数多くの刺激に対応している。つまりシグナル伝達経路の本質の一つは、多彩な入出力を限られた分子またはネットワークにコードするシステムにある。我々は生体内において複数の時間波形を持つインスリンに注目し、実験とモデル解析からAKT経路がインスリンの時間波形の情報を多重にコードし得ることを明らかにした(Mol. Cell. 2012)。生体内におけるインスリン波形への情報の多重化の可能性は強く示唆されたが、未だ生体内において同様な機構が存在するかは不明である。そこで本研究では、生体内におけるインスリン波形の生理的意義を明らかにし、時間情報コーディングの概念の生体内での実証を目的としている。当初の研究実施計画では初代培養肝細胞を用いた生体内におけるインスリン波形の意義の解明を行う予定であったが、論文のreviseの過程で当該実験を行う必要になり、結果を前述の論文に発表した。そこで、今年度は実験計画を前倒しで行い、ラットを用いた実験を開始した。生体内におけるインスリン波形への情報の多重化を明らかにするには、生体の肝臓に任意のインスリン波形を与える必要がある。通常用いられている生体を用いたインスリンの刺激方法は頸静脈からの注入である。しかしこの方法は、非常に技術を必要とするものであり、さらに、我々の注目している臓器である肝臓に到達するまでにインスリンの波形が「鈍って」しまうため実際の入力波形は不明のままである。そこで、ラットの門脈に直接チューブを挿入し、シリンジポンプを用いてインスリン刺激を行う手法を開発した。本手法により、簡便に肝臓に対するインスリン刺激が行えるようになった。その結果、インスリンの注入に伴う血糖値の減少とAKT経路の活性化が確認された。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の研究実施計画では、まず初代培養肝細胞を用いた生体内におけるインスリン波形の意義の解明を行う予定であったが、論文のreviseの過程で当該実験を行う必要になり、結果を前述の論文に発表した。現在は、当初の予定を前倒して、生体を用いた実験を開始している。さらに、我々の目的達成のためにより良い条件であるが技術的に非常に難しいと思われる、膵臓から肝臓に繋がる門脈に直接インスリン刺激を加えることができる非常にチャレンジングな手法を開発している。まだ基礎実験段階のために行っていないが、本手法によりシリンジポンプを用いることで任意のインスリン波形を加えることができると考えられる。以上の理由により、本研究計画は当初の計画以上に進展していると考えられる。
本手法で肝臓のインスリン刺激を行い、AKT経路の中心分子であるpAKTと、その下流分子であるpS6K, GSK3b, G6Paseの時系列データを取得する。これらの分子の微分方程式モデルを作成するためには再現性のよいデータが必要になる。本研究では、直接門脈にインスリン刺激を行っているので実験誤差は小さいと思われるが、実験誤差が大きい場合には門脈へのチューブの挿入方法を変えるなどして、実験誤差をできるだけ小さくする。また、門脈に直接インスリン刺激を加えることができる本手法を用いて、任意のインスリン波形を肝臓に与える。生体内におけるインスリン波形への情報の多重化を明らかにするにはこの手法が必須となる。次に、可能であればこれらの実験データを基に、Fao細胞で作成したモデルを援用して、肝臓における上記分子の微分方程式モデルを作成する。
主に動物実験に使用する予定である。実際には、実験動物の購入や、血糖値や血中インスリン濃度の測定キットの購入、そしてウエスタンブロッティングなどの消耗品に使用する予定である。
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http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/todai-research/research-news/temporal-coding-of-insulin-action-through-multiplexing-of-the-akt-pathway/
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2012/21.html