本課題の目的は、申請者らが発見し、記憶固定過程のガラス器内再現と見なしうる、繰り返しLTP誘発後のシナプス強化・増加現象(RISE)と、繰り返しLTD誘発後のシナプス弱化・減少現象(LOSS)について、シナプス増加/減少という結果に至るまでの過程を経時的に追跡して、その確率論的(stochastic)なふるまいを明らかにすることである。本年度は、昨年度の知見を確定させて論文として発表するいっぽう、以下の新知見をえた。 第一に、シナプスは常時発出・退縮を繰り返す動的平衡状態にあり、RISEでは「ゆらぎの一過的増大期」と「ゆらぎのバイアス期」を経て、結果的に増加するのに対し、LOSSでは「ゆらぎ増大期」が見られず、即「バイアス期」に入るという結果を、観測間隔をより小さくとることで「ゆらぎ増大期はあるが、それが短いために数日間隔の観測では見逃されていた」という可能性を排除した。 第二に、RISEが成熟後脳でのシナプス形成の再現であるならば、同様の確率論的振舞いが、発達期脳でのシナプス形成においても見られるか、という問いを立て、培養開始直後(培養は生後5-7日の新生仔脳から作成する)の切片について、同様の経時的観測を行った。その結果、たしかに常時ゆらぎはあるものの、発出率が退縮率を上回っており、培養の経過(成熟)とともに退縮率が上昇する形で、成熟期での均衡状態に至ることがわかった。 これらの知見を通じて、シナプスの動態を調節してシナプス数の増加・減少を決めているのは、発出率ではなく退縮率である、という意外な事実が明らかになった。
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